府内を発つ
会見は予定よりも早く終わった。
少弐冬明は宗麟へ改めて一礼すると、静かに広間を辞した。
「本日は貴重なお話、誠にありがとうございました。氏治様にも余すところなくお伝えいたします。」
宗麟は満足そうに頷いた。
「うむ。冬明殿も今宵は府内でゆるりとしてゆかれよ。」
「南蛮料理も酒も用意させよう。」
「せっかくの縁だ。存分にもてなしたい。」
その厚意は偽りではなかった。
しかし少弐は穏やかに頭を下げる。
「お心遣い、痛み入ります。しかし、我らにはまだ博多にて合流すべき船がございます。日程もございますゆえ、本日はこれにて失礼いたします。」
宗麟は少し残念そうな表情を浮かべたものの、無理に引き留めることはしなかった。
「そうか。ならば道中の無事を祈っておる。」
「ありがとうございます。」
府内館を後にした少弐とマリアは、そのまま港へ向かう。
夕暮れの府内は交易港らしく賑わい、異国の商人や僧侶が行き交っていた。
北辰丸が見えてくると、マリアは小さく息をついた。
「宗麟殿、本当に引き留めたそうだったわね。」
少弐は苦笑する。
「ああ。歓迎してくださる気持ちはよく伝わった。」
少し歩みを緩めると、小さな声で続けた。
「だが、長居は避けたい。」
「どうして?」
マリアが尋ねる。
少弐は周囲を一度見回してから答えた。
「以前、少弐家中でも話題になったことがある。」
「宗麟公は近年、カトリックへの傾倒を深め、そのことで一時は政務から距離を置き、出家同然の暮らしを送ったこともあると聞く。」
「もちろん、それ自体を咎めるつもりはない。」
「だが、宗教は時として家臣や国人の思惑も絡む。」
「我らは使者だ。余計な憶測を招く前に役目だけ果たし、速やかに退くのが最善だろう。」
マリアも静かに頷いた。
「外交では、親しくなりすぎない距離も大切ということね。」
「そういうことだ。」
二人は桟橋を渡り、北辰丸へ乗り込む。
「出航準備!」
船員たちが声を上げると、帆が風を受け、係留索が外された。
やがて北辰丸は静かに府内港を離れ、豊後水道へと針路を向ける。
その目的地は博多。
先に向かったエスペランサとライラが待つ港である。
夕日に染まる豊後の海を背に、北辰丸は軽快な帆走で西へと走り始めた。




