秋の海、夢を語る
永禄十二年九月。
豊後を目指す船団は、秋風を受けて順調に西へ進んでいた。
旗艦**希望**の甲板では、少弐冬明、マリア・ヴィアリス、ライラ・アルカセルの三人が穏やかな海を眺めていた。
マリアは膝の上に写生帳を広げ、沖を跳ねる魚の姿を夢中で描いている。
冬明は興味深そうに尋ねた。
「マリア殿は、航海士でありながら、いつも絵を描いておられますね。」
マリアは顔を上げ、微笑んだ。
「私は船長であり航海士だけれど、それだけじゃないの。」
「珍しい魚や海鳥、貝、海藻……世界の生き物を記録する博物学者でもあるの。」
「その絵や標本をポルトガルの貴族や学者へ届けるのですか。」
「ええ。標本や剥製は高く売れるし、まだ誰も知らない生き物は、それだけで価値があるの。」
そう言って、写生帳を閉じる。
「でも、本当に探しているものは別。」
冬明が首を傾げる。
「何でしょう。」
マリアは水平線を見つめた。
「一角。」
「伝説のユニコーンです。」
「子どもの頃から憧れているの。私は本当に馬の姿をした一角獣がいるとは思っていない。でも、その伝説の元になった生き物は、きっとどこかにいる。」
「いつか、その正体を見つけたいの。」
冬明は静かに頷いた。
「未知を求める旅なのですね。」
「そう。」
「海は、まだ誰も知らないことで満ちているもの。」
その隣で剣を磨いていたライラが笑った。
「私は逆ね。」
「逆?」
「珍しい生き物より、人を探している。」
冬明が尋ねる。
「どんな人を?」
ライラは愛刀を鞘へ納める。
「世界で最も強い剣士。」
「私は世界中を旅して、その人と剣を交えてみたい。」
「勝ちたいわけではないの。」
「ただ、本当に最強と呼ばれる人がどんな剣を振るうのか、この目で見てみたい。」
冬明は少し考え込んだ。
「もし最強の剣士をお探しなら……。」
ライラは身を乗り出した。
「心当たりがあるの?」
「あります。」
「坂東の武将、佐野昌綱殿です。」
ライラはその名を繰り返した。
「サノ……。」
冬明は続ける。
「敵からは、**『千人斬りの左衛門尉』**と恐れられています。」
「千人斬り?」
「ええ。」
「三好との戦では敵陣を幾度も切り裂き、敵兵の間では、佐野殿がいると知るだけで誰も先陣に立ちたがらなかったと言われています。」
ライラは静かに息をのむ。
「そんな人が、本当にいるのね。」
「ですが。」
冬明は苦笑した。
「本人はその異名を大変嫌っています。」
「『人を斬った数を誇るものではない。武将は国を守るために剣を振るうのだ。』と。」
ライラはしばらく黙って海を眺めていた。
そして、穏やかに笑う。
「そんな人なら、なおさら会ってみたい。」
マリアも写生帳を閉じ、微笑んだ。
「私は一角を探す旅。」
「私は最強の剣士を探す旅。」
冬明もまた笑みを浮かべた。
「なら、この航海はお二人の夢へ続く第一歩になるかもしれません。」
三人は西へ傾く太陽を見つめる。
船団は豊後を目指し、静かな秋の海を進み続けた。




