海図を広げて
八月。
少弐冬明は、小田氏治より正式に坂東外交使節へ任官された。
その最初の役目として託されたのは、ポルトガル人船長であるマリア・ヴィアリスと、母艦「希望」を率いるライラ・アルカセルの案内であった。
冬明は二人を鹿島から土浦へ迎え、霞ヶ浦の広大な水面を案内する。
「これが霞ヶ浦……まるで海のようですね。」
マリアが感嘆すると、冬明は微笑む。
「坂東では湖もまた、水軍を育てる大切な場所です。」
続いて一行は兵学館を訪れた。
射撃場では長筒の訓練、馬場では騎兵の調練、工房では職人たちが歯車式短銃や羅針盤を組み立て、造船科では坂東フリガッタの模型を囲んで議論が交わされている。
ライラは腕を組み、満足そうに頷いた。
「兵だけではなく、職人や航海士まで育てているのね。」
「それが坂東の考えです。」
冬明は静かに答えた。
「戦だけでは国は豊かになりませんから。」
二人は九月まで兵学館や造船所、霞ヶ浦周辺を見学し、学生たちとも交流を深めた。
しかし冬明は、その合間に別の提案を口にする。
「長い航海で、お二人ともお疲れでしょう。しばらく北浦で休養されてはいかがですか。」
マリアはライラと顔を見合わせる。
「休める場所があるの?」
「北浦は静かで風も穏やかです。航海前の準備にも向いております。」
その言葉に二人は快く応じた。
こうして約三週間、一行は北浦の静かな湖畔で英気を養いながら、これからの航路を何度も海図の上で検討した。
冬明が広げた海図を前に語る。
「まずは旧型坂東ガレオン十五隻を率いて豊後へ向かいます。」
マリアが頷く。
「大友家との会見ですね。」
「はい。そこで船の引き渡しと今後の交易について協議します。」
ライラが指先を北へ滑らせる。
「その次は対馬。」
「ええ。」
冬明は海図をなぞった。
「対馬へ寄港した後、朝鮮へ渡航し、国情を見聞します。その後は再び日本へ戻り、五島へ寄港して長崎へ向かいます。」
「さらに薩摩の坊津まで南下するのね。」
「はい。」
最後に冬明は海図を西から東へなぞった。
「坊津で補給を終えた後は瀬戸内海へ入り、一度伊予・松山へ向かいます。那須殿や海軍奉行・大掾殿とも合流し、西日本全体の海路と港湾の状況を確認する予定です。」
マリアは静かに海図を見つめる。
「九州から朝鮮、そして四国……。」
ライラは笑みを浮かべた。
「長い航海になりそう。でも、面白い旅になるわ。」
冬明もまた力強く頷いた。
「坂東の海は、これから西へと広がります。その第一歩を、皆で踏み出しましょう。」




