水先の才
鹿島港では、小田氏治がなおも思案を巡らせていた。
「……外交使節か。」
大友との交渉は少弐冬明に任せるとしても、その先には南蛮人との交易、異国との付き合いが待っている。坂東は海へ乗り出したばかりであり、港もまた急速な発展の途上にあった。
その時、見張りが大声を上げた。
「大型船接近! 南方より希望が入港します!」
沖合に停泊していた母艦**希望**が、風向きと潮流に乗ってゆっくりと港へ近づいてくる。
しかし鹿島港は、新造フリガッタや交易船で身動きが取れぬほど混雑していた。
「まずい!」
港役人が青ざめる。
「あのままでは浅瀬へ乗り上げます!」
「衝突すれば大事故だ!」
氏治も思わず立ち上がった。
その時、少弐冬明が一歩前へ出る。
「私にお任せください。」
彼は素早く港の小舟へ飛び乗ると、漕ぎ手へ叫んだ。
「希望へ寄せろ!」
小舟は波を切って希望へ近づく。
船首に立つライラ・アルカセルが冬明へ気づくと、身を乗り出した。
冬明は覚えたばかりのポルトガル語で懸命に叫ぶ。
「Capitã! Porto cheio! Sigam-me!」 (艦長! 港は満船です! 私についてきてください!)
ライラは驚いたように目を見開いた。
「あなた、ポルトガル語を話せるの?」
「少しだけです!」
その一言にライラは笑みを浮かべる。
「十分よ。」
彼女はすぐに舵手へ命じた。
「面舵少し! あの舟を先導に!」
冬明の小舟は、浅瀬や停泊船を巧みに避けながら進む。
鹿島港を知り尽くした水先案内人のように、安全な深みへと希望を導いていく。
やがて港外れの広い泊地へ出ると、冬明は大きく腕を回した。
「ここです! ここなら安全です!」
ライラは頷く。
「投錨!」
巨大な錨が海へ落ち、重い鎖が唸りを上げる。
ほどなくして希望は波間に静かに落ち着いた。
危うく事故になりかけた港は、大きな安堵の息に包まれる。
桟橋から一部始終を見ていた氏治は、静かに頷いた。
「……見事だ。」
大掾も感心したように笑う。
「言葉だけではありません。冬明殿は鹿島の潮や水深まで把握しております。」
氏治は冬明を呼び寄せる。
「少弐冬明。」
「はっ。」
「異国の言葉を学び、海を知り、人を導く。その働き、まさに外交の器である。」
氏治はその場で高らかに告げた。
「本日より其方を、坂東外交使節に任ずる。」
冬明は深く頭を下げた。
一方、希望の甲板ではライラ・アルカセルとマリア・ヴィアリスが並んでその様子を見つめていた。
ライラは穏やかに微笑む。
「日本にも、海を知る立派な男がいるのね。」
マリアも頷く。
「ええ。坂東は、思っていた以上に海の国になろうとしているわ。」




