夜襲、そして失敗した索敵
夜の帳が恋瀬川を包み込む。
昼の間、宇都宮・結城の機動戦に散々に布陣を妨げられた佐竹軍は、その鬱憤を晴らすかのように夜襲を命じた。
「橋城を揺さぶれ! 敵を眠らせるな!」
法螺貝を鳴らさぬまま、先鋒が闇に紛れて橋へと近づく。
しかし、その瞬間だった。
恋瀬川橋城の櫓や土塁に、次々と篝火が灯る。
橋全体が赤く照らされ、川面まで光が映し出された。
「撃て!」
轟音とともに坂東筒が火を噴く。
夜空に火花が散り、白煙が橋を覆う。
一斉射の後も射手は次々と交代し、屋根付きの射座で火縄を守りながら絶え間なく撃ち続けた。
弾丸は橋へ近づく兵を容赦なく薙ぎ払い、佐竹兵は思うように前へ出られない。
「退くな!」
将の怒号も、鉄砲の轟きにかき消される。
だが、この夜襲にはもう一つの目的があった。
鉄砲戦で橋城を落とすことではない。
その喧騒に紛れ、別働隊が恋瀬川の上下流へ散り、迂回路や渡河点を探ることだった。
「どこか浅瀬はないか。」
「橋以外に渡れる場所を見つけろ。」
少人数に分かれた兵たちは、闇の中を川沿いに進む。
だが、その動きを待っていた者たちがいた。
鹿島衆である。
昼のうちに川筋を調べ尽くし、夜になると浅瀬や渡河に適した場所へ伏兵を配置していた。
草むらの陰。
柳の根元。
小舟を寄せた入り江。
闇に溶け込むように身を潜め、佐竹兵を待ち受ける。
「……来た。」
短い合図とともに矢が放たれた。
闇を裂く一矢。
驚いて身を伏せたところへ、別の方向からも矢が飛ぶ。
「伏兵だ!」
佐竹兵は応戦しようにも、敵の姿が見えない。
追えば消え、退けばまた別の場所から矢が飛ぶ。
鹿島衆は討ち取ることを目的とせず、渡河点を探らせないことだけに徹していた。
上流へ向かっても待ち伏せ。
下流へ向かっても待ち伏せ。
舟を出そうとすれば、岸から矢が飛ぶ。
「これでは探れぬ……。」
別働隊の将は苦々しく呟いた。
橋城は正面から崩せず、回り道も見つからない。
結局、索敵隊は何一つ成果を得られぬまま本隊へ引き返すしかなかった。
夜襲も失敗。
迂回路の発見も失敗。
渡河点の探索も失敗。
夜明け前、佐竹軍は疲労だけを重ねて陣へ戻る。
東の空が白み始めるころ、恋瀬川橋城の軍旗「雷霞一撃」は、夜と変わらず静かに風を受けてはためいていた。
その姿はまるで、「渡れるものなら渡ってみよ」と、佐竹軍を無言で挑発しているかのようであった。




