恋瀬川の対陣
四月の空は高く澄み、恋瀬川の流れは静かだった。
その静寂を破るように、北方から無数の軍旗が現れる。
佐竹軍である。
法螺貝が鳴り響き、槍衾がゆっくりと前へ進む。午前のうちには恋瀬川の対岸一帯を埋め尽くし、各隊は陣幕を張り始めた。
しかし、その展開は思うようには進まない。
「青鬼隊、前へ!」
宇都宮尚綱の号令とともに騎馬隊が駆ける。
同時に結城勢も左右へ大きく回り込み、佐竹軍が隊列を整えようとする場所へ次々と現れた。
「放て!」
弓兵が一斉に矢を放つ。
雨のように降り注ぐ矢に、佐竹軍は盾を掲げて身を守りながら陣形を組み直す。
宇都宮勢は深追いせず、矢を射掛けると素早く離脱する。
そこへ今度は結城勢が別方向から現れ、再び矢を浴びせる。
展開を妨げることだけを目的とした、絶え間ない機動だった。
「追うな! 陣を固めよ!」
佐竹方の将が怒鳴るが、騎馬隊は追えば逃げ、止まれば矢を射る。
午前いっぱい、佐竹軍は思うように布陣することすら許されなかった。
その頃、恋瀬川橋城では物見櫓へ一騎の早馬が駆け込んでくる。
鹿島衆の伝令だった。
「ご注進!」
息を整える間も惜しみ、伝令は氏治の前へ膝をつく。
「小貝川方面、異常ございませぬ!」
氏治は静かに頷く。
「続けよ。」
「敵影は一切なし。佐竹勢は全軍が恋瀬川正面に展開しております。迂回や別働隊の動きは確認されませぬ!」
その報に真壁幹久が口元を緩めた。
「読み通りですな。」
氏治は対岸を見つめる。
「敵は兵を分けなかったか。」
「はい。」
「ならば、この戦はここで決まる。」
橋城の櫓には軍旗「雷霞一撃」が風にはためく。
佐竹軍はなお布陣を急ぎ、宇都宮・結城の騎馬隊は休むことなく敵陣の周囲を駆け回る。
恋瀬川を挟み、両軍はいよいよ決戦の時を迎えようとしていた。




