夏の兵学館 ― 学びは休まない ―
七月――。
佐野昌綱に見送られた那須資忠と陶晴賢は、一か月ほどで旅支度を整えると、坂東の兵学館へ向けて出発した。
目的は、中村水軍士官学校設立のための視察である。
瀬戸内や太平洋に適した教育制度を築くため、兵学館の仕組みを改めて自分たちの目で確かめることが目的であった。
道中、陶はふと尋ねた。
「そういえば、兵学館は今の時期でも賑わっているのか。」
那須は首を横に振る。
「いや、兵学館は九月入学制です。」
「七月と八月は夏季休暇にあたります。」
陶は少し意外そうな表情を浮かべた。
「では、誰もおらぬのか。」
那須は笑みを浮かべる。
「いえ、むしろ――。」
「休みの兵学館こそ、本当の兵学館なのです。」
陶は興味深そうに耳を傾けた。
「授業がないこの二か月は、学生一人ひとりが自分の意思で学ぶ期間です。」
「剣を磨く者。」
「鉄砲や砲術を研究する者。」
「造船所へ通う者。」
「農村や工房へ赴き、実地で学ぶ者。」
「書庫に籠もって兵書や歴史書を読み続ける者。」
「あるいは海外へ渡る準備をする者までおります。」
陶は感心したように頷いた。
「誰かに教えられるのではなく、自ら学ぶということか。」
「はい。」
那須はゆっくりと歩きながら続けた。
「授業は知識を与えてくれます。しかし、本当に将となる者は、自ら課題を見つけ、自ら学びます。」
「だから兵学館では、この二か月を非常に大切にしています。」
「教官も細かな指示は出しません。」
「質問があれば答える。しかし何を学ぶかは学生自身が決める。」
陶は静かに笑った。
「面白い。」
「休みだからこそ、その者の本質が分かるというわけだな。」
那須も笑う。
「ええ。成績優秀者でも休みに遊んで終わる者は伸びません。」
「逆に普段は目立たなくても、この期間に驚くほど力を付ける者もおります。」
陶は遠くを見つめた。
「賢晴も、そのように育ったのだろう。」
「恐らく。」
那須は頷いた。
「軍記物を読み漁り、剣を振り、水陸両用の戦を考えていたと聞いております。」
「誰かに命じられたのではなく、自分で選んで学んでいたのでしょう。」
やがて二人の前に、夏の日差しを浴びる兵学館の大きな門が見えてきた。
授業の喧騒はない。
しかし、道場からは木刀の音が響き、鍛冶場では槌の音が鳴り、書庫には本を抱えた学生が出入りし、港へ向かう若者たちの姿もある。
静かでありながら、学びの熱気は決して失われてはいなかった。
陶はその光景を眺め、深く頷く。
「なるほど……。」
「確かに、休みの兵学館こそ、この学び舎の真の姿なのかもしれぬ。」
那須は誇らしげに微笑み、母校の門をくぐった。




