若き後輩の便り ― 松山城の語らい ―
六月、久万神社建立の儀を終えた後――。
佐野昌綱は那須資忠を訪ね、伊予・松山城へ入った。
城には那須のほか、四国平定をともに成し遂げた陶晴賢、本多正信も集まっていた。
一年近く戦い続けた激務からようやく解放され、軍議でも評定でもない、久方ぶりの穏やかな時間が流れていた。
酒が酌み交わされ、窓の向こうには初夏の松山が広がる。
「あの頃は、こうして笑って酒を飲める日が来るとは思わなかったな。」
佐野が盃を置くと、本多は苦笑した。
「久万では毎日、敵が攻めてくるか雨が降るか、そのどちらかでした。」
「晴れれば長宗我部が来る。」
陶が静かに付け加える。
四人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。
笑いが落ち着いた頃、陶がふと思い出したように立ち上がる。
「そういえば、この前、道後温泉で孫の話をしたであろう。」
棚の文箱から丁寧にしまわれた手紙を取り出し、机へ広げた。
「皆にも読んでもらおう。」
四人は自然と文を囲む。
陶は穏やかな声で読み始めた。
「『私は今年十七となりました。兵学館を卒業し、見聞を広めるため西洋へ渡りました。今はフランス王国に滞在し、造船、築城、砲術を学んでおります』」
「フランスか。」
佐野が感心したように呟く。
「ずいぶん遠くまで行ったものだ。」
「交易路が開けたおかげです。」
陶は静かに頷いた。
「兵学館でも優秀な者は見聞役として海外へ送り出すようになった。賢晴もその一人というわけだ。」
本多は笑みを浮かべる。
「十七で異国とは、なかなか肝が据わっておりますな。」
陶は手紙を続ける。
「『日本とは違う戦の考え方が多く、毎日が学びです。祖父の名を汚さぬよう励みます』――だそうだ。」
那須は懐かしそうに笑った。
「そういえば賢晴は、いつ兵学館へ入ったのだったか。」
佐野も腕を組み、記憶をたどる。
「私が一年だけ兵学館で教鞭を執った頃には、もういたはずだ。」
陶は頷いた。
「ああ。早いうちから兵学館へ預けていた。私の孫ということで余計な目を向けられるくらいなら、若いうちから学ばせた方がよいと思ってな。」
本多は首を傾げる。
「すると、佐野殿や那須殿が卒業した年に入ってきたのか、それとも最終学年の頃に少しだけ重なったのか……。」
那須は苦笑する。
「そこが曖昧なのだ。」
「我らは卒業してすぐ各地へ散り、戦続きだった。新入生の顔をゆっくり覚える暇もなかった。」
佐野も笑った。
「教える側になったのも一年だけだったからな。確かに、背が高く痩せた少年が人一倍熱心に木刀を振っていた覚えはある。」
陶は目を細めた。
「本人も手紙に書いておる。『佐野先生には一度だけ剣を見ていただいたことがあります』とな。」
「なるほど。」
本多は頷いた。
「正式な師弟というより、同じ兵学館で時を過ごした少し年の離れた先輩後輩というわけですな。」
「そういうことだ。」
陶は穏やかに笑う。
「賢晴は佐野殿や那須殿の背中を見て育った世代だ。皆が築いた兵学館で学び、今は遠くフランスで世界を見ている。」
佐野は静かに手紙を畳んだ。
「我らは日本を駆け回り、この国を立て直すために戦った。」
「そして、あの若者たちは、その平和の中で海を渡り、新しい知を持ち帰る。」
那須も深く頷く。
「それこそ、我らが戦った意味なのであろう。」
松山城には穏やかな風が吹き抜けた。
戦場で肩を並べた四人は、一通の手紙を囲みながら、次の世代が歩み始めた新しい時代を静かに見つめていた。




