白虎の俊英、陶賢晴
水軍士官学校創設の議論もひと段落し、一同はようやく茶を口にした。
雑賀港の小田家造船監督屋敷にいるのは、那須、大掾義康、佐野昌綱、そして今井宗及である。
静かな時間が流れる中、那須はふと思い出したように佐野へ視線を向けた。
「そういえば佐野殿。」
「一年だけ兵学館で教鞭を執られておりましたな。」
「ああ。」
「陶殿の孫、賢晴という青年は、どのような人物だったのです。」
佐野は懐かしそうに笑った。
「まず姿形ですが……。」
「隔世遺伝でしょうな。」
「祖父君によく似ておりました。」
「背が高く、もとは痩せ型。」
「兵学館で鍛えて中肉中背ほどにはなりましたが、生まれつき筋肉が付きにくい体質らしく、無駄な肉のない引き締まった身体をしておりました。」
「白虎寮らしい体つきでした。」
那須は頷く。
「白虎でしたか。」
「ええ。」
「那須殿と同じ白虎寮。」
「しかも副寮長まで務めました。」
「武芸を好み、とりわけ剣術が好きでした。」
「講義が終わっても、一人で木刀を振っていることが多く、教官へ稽古を願い出ることもしばしばありました。」
宗及が笑う。
「いかにも若者ですな。」
「その通りです。」
「書を読むことも好きでした。」
「兵法書も読みましたが、それ以上に翻訳された漢籍の軍記物を好んでおりました。」
「中国の英雄や名将の戦を描いた物語を、飽きもせず読み返していましたな。」
「読んでは剣を振り、読んでは友と戦を論じる。」
「まこと、青年らしい男でした。」
佐野は少し笑って続けた。
「その軍記物の影響でしょうか。」
「変わった癖もございました。」
那須が身を乗り出す。
「どのような。」
「水陸両用の策を好みました。」
「船で敵の背後へ兵を送り、陸と海から同時に攻める。」
「あるいは夜陰に紛れて小舟で伏兵を送り込み、夜明けとともに本隊と呼応させる。」
「そんな策ばかり考えておりました。」
大掾も興味深そうに耳を傾ける。
「海と陸を分けて考えぬのですな。」
「ええ。」
「さらに伏兵が好きでした。」
「正面から勝つより、敵に『勝った』と思わせてから覆す方を好む。」
「演習でも必ず一隊を隠し、最後に動かして勝負を決める。」
佐野は苦笑する。
「教官が『また伏兵か』と呆れるほどでした。」
皆から自然と笑いが漏れた。
しかし佐野は、その笑みを静かに収める。
「ただ……。」
「兵棋になると、人が変わる。」
「誰よりも早く勝ち筋を見つける。」
「敵の心を読み、退路を読み、戦場全体を盤のように眺めておりました。」
那須は静かに湯呑を置いた。
「なるほど。」
「だから異国の戦場へ、自ら学びに行ったのですな。」
佐野は頷く。
「兵学館では、もう学ぶことが無かったのでしょう。」
その頃、世界の果てフランスでは、その青年がさらに新たな戦いを学び、日本へ帰る日を静かに待っていた。




