岐阜城の会見
永禄十二年(一五六九)二月。
佐野昌綱は増員された儀仗抜刀隊を率い、足利義秋を伴って岐阜城へ入った。
同行したのは下間頼廉、筒井順慶、吉田家当主らである。
城門では織田信長自らが出迎えた。
「遠路、ご苦労であった。」
佐野は一礼する。
「約束どおり、義秋様をお連れいたしました。」
義秋は信長の姿を見るや、安堵したように前へ出ようとした。
しかし、その直後に佐野を振り返る。
「佐野!」
「余をここまで欺いたか!」
「兄上が信を置いた家臣でありながら、このような仕打ちをするとは!」
怒声が広間へ響いた。
佐野は静かに頭を下げる。
「義秋様。」
「私は最後まで、御身をお守りするために参りました。」
「黙れ!」
「余は京へ戻る!」
「将軍となる!」
義秋がなおも叫ぼうとした、その時だった。
信長が一歩前へ出る。
「公方様。」
低い一声だった。
しかし広間の空気が凍りつく。
「ここは岐阜にございます。」
「まずはお静まりくだされ。」
義秋は信長を見つめる。
しばらく睨み合いが続いた末、義秋は静かに口を閉ざした。
信長は近習へ目配せする。
「公方様をご案内せよ。」
義秋はなお佐野を睨み続けたが、何も言わず奥へ姿を消した。
広間には佐野と信長だけが残る。
信長は笑みを浮かべた。
「約束は果たしたな。」
「はい。」
「では望むものを申せ。」
「領地でも官位でも、黄金でもよい。」
佐野は静かに首を横へ振った。
「何も望みません。」
信長は思わず笑う。
「面白い男だ。」
「では何のために義秋を渡した。」
佐野は真っ直ぐ信長を見た。
「畿内を再び戦乱に戻さぬためです。」
「それだけか。」
「はい。」
「ならば、この件は信長殿への貸しとしておきます。」
広間が静まり返る。
信長は少し驚いたような表情を見せた後、不敵に笑った。
「貸しか。」
「よかろう。」
「織田信長、この借りは忘れぬ。」
佐野は深く一礼した。
「ありがとうございます。」
信長はしばらく佐野を見つめていた。
やがて静かに口を開く。
「……佐野。」
「少し、二人だけで話がしたい。」
佐野は頷く。
信長は家臣たちへ目を向けた。
「皆、席を外せ。」
家臣たちは一礼し、静かに広間を後にした。
障子が閉まり、広い部屋には信長と佐野、二人だけが残った。




