興福寺へ
密議を終えた翌朝、佐野昌綱は早速筆を執った。
最初の文は下間頼廉へ。
続いて本願寺顕如へ。
さらに大和の筒井順慶へ。
いずれも内容は一つだった。
義秋保護への協力を願う。
将軍家の争いをこれ以上広げぬため、力を貸してほしいという願いであった。
佐野はさらにもう一通、文を書き始める。
宛名は吉田兼右。
吉田兄弟の父であり、朝廷・神道界にも大きな影響力を持つ人物である。
「将軍家に関わる事です。」
「どうかお力添えを願います。」
そう認めると、封を閉じた。
数日のうちに返書が届く。
下間頼廉は快諾した。
顕如もまた、
「将軍家を再び争いの旗印としてはならぬ。」
として同行を承諾した。
順慶も短く、
「承知。」
とだけ書き送り、自ら兵を率いて合流することを約した。
吉田兼右もまた、
「神道の立場より同行いたす。」
と返書を寄せた。
こうして佐野は出陣を決めた。
率いるのは増員された儀仗抜刀隊。
将軍家を討つ軍ではない。
将軍家を守るための軍である。
永禄十二年(一五六九年)二月五日。
まだ夜明け前のことであった。
佐野は抜刀隊を率い、静かに大和・興福寺へ進軍する。
順慶の兵。
下間頼廉の一隊。
本願寺勢。
そして吉田兼右。
それぞれが別々に興福寺へ入り、寺を包囲するのではなく、静かに出入口を固めた。
佐野は少数の供だけを伴い、本堂へ向かう。
義秋はすでに目を覚ましていた。
「佐野か。」
その声は静かだった。
佐野も一礼する。
「お久しゅうございます、義秋様。」
義秋は佐野の背後を見た。
下間頼廉。
顕如。
順慶。
吉田兼右。
そこに並ぶ顔ぶれを見て、ただ事ではないと悟る。
佐野はゆっくりと言葉を選んだ。
「本日、義秋様のお身柄をお預かりいたします。」
「これは討伐ではございません。」
「御身を戦乱から守るための保護にございます。」
静まり返る堂内で、その言葉だけが静かに響いた。




