将軍家の未来
茶が運ばれると、しばし誰も口を開かなかった。
やがて那須が静かに茶碗を置く。
「佐野。」
「本当に義秋殿は素直に岐阜へ行くと思うか。」
佐野は少し考え、首を横に振った。
「思わない。」
「むしろ断るだろう。」
那須は腕を組む。
「だろうな。」
「義秋殿からすれば、岐阜へ行けば織田の客となる。」
「上洛が叶う保証もない。」
「いや、場合によっては二度と京へ戻れぬかもしれん。」
茶室は静まり返る。
佐野は静かに口を開いた。
「義秋殿との関係は、もともとこじれている。」
「義輝公は私を側近として重く用いてくださった。」
「義秋殿は、その私を従え、自らの幕府を支えさせようとした。」
「だが私は断った。」
「将軍を旗印に再び戦乱を起こす気はなかったからだ。」
空蝉が頷く。
「その結果、義秋殿は織田殿を頼られた。」
「そういうことです。」
佐野は苦く笑った。
「今さら言葉だけで動いてくださるとは思わない。」
「だから今回は力でいく。」
「もちろん討つためではない。」
「保護するために身柄を預かり、岐阜までお連れする。」
那須は深く息を吐いた。
「お前らしいな。」
「結局、一番危ない役を自分で背負う。」
松永久秀も腕を組んだまま考え込んでいたが、やがて静かに口を開いた。
「……さすがに、この件ばかりは策が浮かびませぬ。」
「将軍家のお家騒動です。」
「どの道、誰かが恨まれる。」
佐野も苦笑する。
「同感だ。」
松永はさらに続けた。
「ならば、せめて義秋殿が信用できる者を連れて行くべきです。」
「下間頼廉殿。」
「そして顕如上人。」
「さらに筒井順慶殿。」
「この三人がおれば、義秋殿も佐野殿一人に連れ去られるとは思いますまい。」
空蝉も静かに頷いた。
「宗教者と大和の守護。」
「いずれも義秋殿が無下にはできぬ方々です。」
那須も賛同した。
「よし。」
「それならば力だけではない。」
「皆で義秋殿をお守りするという形になる。」
佐野はゆっくりと茶碗を置いた。
「決まりだ。」
「頼廉殿に使者を送ろう。」
「顕如上人と順慶殿にも同行をお願いする。」
「義秋殿には敵として会うのではない。」
「最後まで、将軍家を守る者として会いに行く。」
誰も異論はなかった。
茶室には静かな沈黙が戻る。
それは戦の前の重苦しい静けさではない。
将軍家の未来を左右する、一つの決断が固まった瞬間であった。




