密議
その夜。
城内が静まり返る頃、佐野は那須資忠と松永久秀を伴い、伊丹城奥に設けられた密議用の茶室へ向かった。
そこは客人を迎えるための茶室ではない。
重臣だけが立ち入ることを許された、小さな会所であった。
障子が静かに開く。
「お待ちしておりました。」
奥に座していたのは空蝉である。
気比摂津神社の神主となった今も、佐野にとっては変わらぬ相談役であった。
佐野は席に着くと、一枚の系図を広げた。
「四国の件は片付いた。」
「次は将軍家だ。」
空蝉は静かに頷く。
「義礼様はいかがなさいます。」
佐野は迷いなく答えた。
「義礼様は坂東へお送りする。」
「ご本人も争いを望んではおられない。」
「古河で静かに暮らしていただくのが一番だ。」
那須も頷く。
「氏治様も異存はあるまい。」
「将軍家の血筋を守ることにもなる。」
松永久秀も口を開いた。
「問題は義秋殿ですな。」
佐野は静かに息を吐いた。
「そうだ。」
茶室に沈黙が落ちる。
「義秋殿は、義輝公が私を近くに置いていたことを知っている。」
「ゆえに私を従え、自らの幕府を支えさせたいと考えている。」
那須は腕を組んだ。
「だが、お前は断った。」
「将軍家を旗印に戦を始めれば、また畿内は血に染まる。」
佐野は頷く。
「私は義秋殿を戦乱の火種にはしたくなかった。」
「その結果、義秋殿は私を見限り、織田信長へ近づいた。」
空蝉が静かに口を開く。
「それで関係がこじれたのですね。」
「ええ。」
佐野は頷いた。
「義秋殿を敵とは思っていない。」
「だが、このまま放置すれば、必ず将軍家を巡る争いが起きる。」
松永久秀が地図を見つめながら言う。
「では先に保護するしかありますまい。」
佐野はその言葉に頷いた。
「目的は討伐ではない。」
「保護だ。」
「義秋殿の身柄をお預かりし、岐阜までお連れする。」
「その上で信長殿へ直接引き渡す。」
那須は佐野を見つめる。
「危険な役目だぞ。」
佐野は静かに笑った。
「だから私が行く。」
「義秋殿も私なら話を聞いてくださるだろう。」
「そして信長殿とも、戦ではなく言葉で決着をつけたい。」
空蝉は茶を一口含み、穏やかに言った。
「義輝公がお聞きになれば、その道を選ばれたことを喜ばれるでしょう。」
茶室には再び静寂が戻る。
戦は終わっても、乱世は終わらない。
その乱世を剣だけではなく対話によって鎮めようとする佐野の決意を、那須も松永も、そして空蝉も静かに受け止めていた。




