伊丹城、春を迎える
四国評定を終えた一行は、瀬戸内海を渡り摂津・伊丹城へ帰還した。
氏治は坂東へ帰る準備を進める。
一方、那須資忠、大掾義康、松永久秀は数日後に堺で今井宗及と合流し、そのまま紀伊へ渡って鈴木氏と雑賀造船所について協議する予定となっていた。
その前に一度、佐野昌綱の居城である伊丹城へ立ち寄ることとなる。
城門をくぐった那須は、目の前に広がる光景へ思わず足を止めた。
「おい佐野。」
「二年で、ずいぶん変わったじゃないか。」
佐野は苦笑する。
「俺も久しぶりに見ると驚く。」
かつて戦乱の傷跡が残っていた伊丹城は、今では畿内でも指折りの城下町へ姿を変えていた。
出丸には庭園と茶室が設けられ、武将や客人が囲碁や茶を楽しめる憩いの場となっている。
本丸跡には敦賀より勧請した敦賀気比分社が鎮座し、武士も町人も手を合わせる城の守り神となっていた。
城下町には新たな人々が集まっていた。
敦賀から来た者。
山城から移り住んだ者。
大和から腕を試しに来た者。
町には上泉一門や柳生一門の道場が並び、武芸を志す若者たちで賑わっている。
さらに医術を学ぶ者たちも集まり始め、伊丹は剣と学問が共に栄える町へと変わり始めていた。
那須は町を見渡しながら笑う。
「学問好きなお前らしい町だ。」
「城より町の方が立派じゃないか。」
佐野も笑い返した。
「城だけ立派でも腹は膨れないからな。」
「人が集まる町の方が大事だ。」
「相変わらずだ。」
那須は肩を叩く。
「坂東にいた頃から変わらないな。」
佐野は従者から細長い包みを受け取った。
「そうだ。」
「四国へ渡る時、お前には太刀だけ渡した。」
「今日はこいつも持っていけ。」
包みの中から現れたのは、美しい摂津鍛冶の小太刀だった。
那須は抜き放ち、刃文を眺める。
「なるほど。」
「ようやく夫婦が揃った。」
「太刀だけじゃ寂しいだろ。」
「違いない。」
二人は顔を見合わせて笑った。
続いて佐野は松永久秀へ向き直る。
「松永殿。」
「こちらは摂津鍛冶が鍛えた太刀と小太刀です。」
松永は両手で受け取り、静かに頷く。
「見事な仕事ですな。」
「これなら海軍を率いるにも恥じませぬ。」
「海も陸も頼みます。」
「任せてくだされ。」
その時だった。
城の奥から軽やかな足音が聞こえてくる。
「お帰りなさいませ。」
姿を現したのは佐野千陽だった。
その腕には、生まれて間もない赤子が抱かれている。
佐野は驚いて立ち尽くした。
「……千陽。」
千陽は優しく微笑む。
「あなたが四国へ渡っている間に生まれました。」
「佐野家嫡男、千寿丸でございます。」
佐野は恐る恐る我が子を抱き上げた。
小さな手が指を握る。
それだけで、どんな勝利より胸が熱くなった。
那須はその様子を見て、堪えきれず笑い出す。
「おいおい。」
「兵学館じゃ一番子供と縁がなさそうだった奴が、一番先に父親か。」
佐野は苦笑する。
「うるさい。」
「俺だって驚いてる。」
「似合わんな。」
「放っておけ。」
二人は顔を見合わせ、大声で笑った。
その姿を見ていた松永久秀も思わず笑みを漏らす。
「戦場では鬼のような二人も、家へ帰ればただの父と友ですな。」
伊丹城には穏やかな笑い声が響いた。
戦乱はなお続く。
しかし、この城には守るべき家族があり、育てるべき町があり、未来を担う子らがいた。
佐野は眠る千寿丸を見つめながら、静かに心へ誓う。
「この子が大人になる頃には、今よりもっと平和な世にしてみせる。」
春の陽射しは、新たな命を優しく照らしていた。




