将軍家の行方
海軍計画が一段落すると、氏治は静かに佐野昌綱へ目を向けた。
「さて、畿内はどうなっておる。」
佐野は一礼すると立ち上がり、畿内の地図を広げた。
「まず織田信長について申し上げます。」
「織田は各地で苦戦を重ねましたが、ついに六角氏を破り、山城・大和方面まで勢力を伸ばしました。」
「これにより我らの勢力圏と織田方は山城・大和にて国境を接しております。」
氏治は静かに頷いた。
「国境は。」
「すでに双方で定めました。」
「互いに越境せず、それぞれの支配を認める形となっております。」
佐野はさらに続けた。
「また、六角家に最後まで従った三雲氏や蒲生氏など、織田へ従わぬ者たちは、我らが召し抱えております。」
陶晴賢が感心したように頷く。
「敵を滅ぼすより、人を得たということか。」
「はい。」
「人材は何よりの財でございます。」
広間は静かに頷いた。
佐野は一枚の系図を取り出した。
「もう一つ、大きな問題があります。」
「将軍家です。」
その言葉に空気が変わる。
「足利義輝公亡き後、将軍家は二つに分かれました。」
「一人は足利義礼様。」
「もう一人は足利義秋様でございます。」
氏治は静かに耳を傾ける。
「義礼様は四国の動乱を逃れ、現在は摂津にて我らが保護しております。」
「血統の上では最も正統な後継者と申せましょう。」
「しかし……。」
佐野は少し言葉を選んだ。
「将軍職を望んでいるのは近習たちであり、義礼様ご本人は義輝公の最期を目の当たりにして以来、将軍となる意思を失っております。」
一同は静かに聞き入った。
「一方の義秋様は、大和・興福寺にて僧として学ばれておりました。」
「近頃、織田信長へたびたび書状を送り、上洛を望んでいるとの情報を得ています。」
松永久秀が腕を組む。
「織田と結ぶか。」
「その可能性が高いと考えております。」
佐野は頷いた。
「ゆえに、将軍家は再び畿内の火種となる恐れがあります。」
氏治はしばらく考え込んだ。
静まり返る広間で、佐野は静かに自らの考えを述べる。
「義礼様は争いを望んでおりません。」
「ならば畿内からお移しし、坂東・古河にてお守りいただけないでしょうか。」
諸将が顔を上げる。
「古河公方という名誉ある地位をお預けし、実権は持たせず、将軍家の血筋を守る。」
「それが最も穏やかな道と存じます。」
氏治は黙って頷いた。
佐野はさらに続ける。
「義秋様につきましては、敵と見るつもりはございません。」
「一度我らが保護し、私自ら岐阜までお送りいたします。」
「その上で織田信長殿と会い、不要な争いを避けられるよう説得したいと考えております。」
宗及が静かに笑った。
「佐野殿らしい考えですな。」
「戦う前に話し合う、と。」
佐野は頷いた。
「義輝公は争いの果てに命を落とされました。」
「その遺された者たちまで戦わせる必要はありません。」
氏治はゆっくりと立ち上がった。
「よい。」
「義礼は坂東で守る。」
「義秋は佐野に託す。」
「将軍家を争いの道具としてはならぬ。」
その一言に、誰も異を唱える者はいなかった。
こうして四国評定は海軍構想のみならず、将軍家の将来についても大きな方針を定めることとなり、新たな時代へ向けた政治の礎が静かに築かれていった。




