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雷霞一撃の下に

小田城。


四月も終わりに近づいた朝、城内はまだ父・政治を失った悲しみを色濃く残していた。


喪幕が張られた本丸には線香の香りが漂い、家臣たちは皆、黒紋付に身を包んで静かに行き交う。


その静寂を破るように、一騎の早馬が城門へ飛び込んだ。


「ご注進!」


息を切らした使者は、そのまま評定の間へ駆け込む。


「佐竹義昭、兵を起こしました!」


「およそ一万二千、恋瀬川方面へ向け南下しております!」


広間がざわめく。


「やはり来たか……。」


「喪が明けるのを待っていたようだ。」


家臣たちの表情に怒りが浮かぶ。


その中で、幼き当主・氏治だけは静かに立ち上がった。


「皆、しばし待ってください。」


氏治は一人、城の奥へ歩いていく。


向かった先は、小田家歴代当主の宝物を納めた蔵であった。


重い扉が開かれる


最初に氏治が手にしたのは、俵藤太以来、小田家へ伝わる名刀――蜈蚣切り。


幼い腕にはなお重い。


それでも氏治は両手で抱え、大切そうに胸へ引き寄せた。


続いて家臣が長持から取り出したのは、一巻の古びた巻物。


八田知家自らが記した坂東藤原流掟条。


さらにもう一つ。


白布に丁重に包まれていた軍旗が広げられる。


黒地に稲妻と霞を染め抜いた、小田朝久の旗。


雷霞一撃。


享徳の乱で勝利を収め、朝久が落雷に倒れたあの日から、小田家が受け継いできた象徴である。


氏治は三つを見つめ、静かに頷いた。


「これで参ります。」


やがて評定の間には、小田一門と坂東藤原流の諸将が集まった。


真壁幹久。


宍戸政繁。


大掾幹家。


宇都宮尚綱。


鹿島政道。


誰もが若き当主を見つめている。


氏治は蜈蚣切りを傍らに置き、坂東藤原流掟条を両手で掲げた。


「この掟は、八田知家公が我ら子孫へ遺されたものです。」


「坂東藤原流が互いに争うのではなく、力を合わせて坂東を守るための誓いです。」


続いて雷霞一撃の軍旗を広げる。


風もない広間でありながら、その旗は生きているかのようにゆっくりと揺れた。


「これは朝久公が命と引き換えに守り抜いた旗。」


「そして父・政治も、この旗の下で坂東を信じて生涯を尽くしました。」


氏治は家臣一人ひとりの顔を見渡す。


「佐竹は、父の葬儀が終わる時を見計らって兵を進めました。」


「私たちが悲しみに沈み、立ち上がれぬと思ったのでしょう。」


氏治は蜈蚣切りを高く掲げる。


「ですが、違います。」


「父は私に、人を信じよと遺しました。」


「ならば私は、ここにいる皆を信じます。」


「小田だけではありません。」


「宇都宮も、大掾も、真壁も。」


「鹿島も。」


「誰か一人ではなく、皆で支え合ってきたからこそ、ここまで来られたはずです。」


「坂東藤原流に連なる仲間がいる限り、私たちは一人ではありません。」


幼い声は広間の隅々まで響いた。


「恋瀬川は、坂東を守る最後の盾です。」


「敵を渡らせれば、多くの民が戦火に巻き込まれるでしょう。」


「だからこそ、我らがここで止めます。」


氏治は雷霞一撃を振り返った。


「祖先が残した掟を胸に。」


「祖先が掲げた旗の下に。」


「そして父の志を受け継ぎ。」


「皆で、この戦を乗り越えましょう。」


真壁が真っ先に膝をつく。


「若殿の御命、命に代えてお守りいたします!」


続いて宇都宮、大掾、宍戸、鹿島らが次々と膝をついた。


「坂東藤原流のために!」


「小田のために!」


「勝利を!」


広間を震わせる鬨の声が響く。


氏治は静かに蜈蚣切りを鞘へ納めた。


「では参りましょう。」


「雷霞一撃の旗の下、恋瀬川へ。」


その号令とともに、小田城の門が大きく開かれ、若き当主を先頭に坂東の軍勢は決戦の地へ向けて進軍を開始した。

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