第一案 安宅船の進化
大掾幹康は、五隻並ぶ模型のうち最も大きな一隻を壇上中央へ置いた。
それは安宅船によく似ていた。
だが、船体はさらに洗練され、船腹は広く、舷側には砲門が並んでいる。
講堂がざわめく。
「安宅船……か。」
大掾は静かに頷いた。
「ええ。」
「ですが、ただの安宅船ではありません。」
彼は隣へもう一隻の模型を置いた。
長い船体。
数多くの櫂。
低い船楼。
舷側に並ぶ砲門。
「こちらは地中海のガレアス。」
「ヴェネツィア共和国やオスマン帝国が育てた軍船です。」
松永久秀が身を乗り出す。
「まるで違う船ではないか。」
「姿は違います。」
大掾は微笑んだ。
「しかし。」
「思想は非常によく似ております。」
講堂が静まり返る。
「ガレアスも。」
「安宅船も。」
「外洋を何か月も航海する船ではありません。」
「長期間の居住性も犠牲としております。」
「その代わり。」
模型を指差す。
「兵を多く乗せ。」
「船室を増やし。」
「戦場へ兵を送り届け。」
「最後は敵へ乗り移って勝つ。」
「これが両者に共通する思想です。」
氏治が頷く。
「なるほど。」
大掾はさらに続けた。
「ガレアスは。」
「地中海という狭い海で育ちました。」
「敵は同じくガレー。」
「ゆえに。」
「漕力を残し。」
「白兵戦を重視し。」
「さらに舷側へ火砲を備えました。」
今度は安宅船へ手を置く。
「日本も同じです。」
「瀬戸内。」
「豊後水道。」
「紀伊水道。」
「敵は和船。」
「ゆえに。」
「外洋性能より。」
「兵を運ぶ力。」
「高い船楼。」
「広い甲板。」
「接舷能力。」
「こちらを選びました。」
松永が腕を組む。
「海は違えど。」
「考え方は同じか。」
「はい。」
大掾は静かに答える。
「互いに交流があったわけではありません。」
「ですが。」
「同じ戦場は、同じ答えを生みます。」
「ガレアスも。」
「安宅船も。」
「沿岸で白兵戦を制するための大型軍船という点では、遠く離れた海で生まれた兄弟とも言えましょう。」
那須が模型を見つめる。
「ならば。」
「安宅船をさらに進化させればよいのではないか。」
大掾は最初の模型を掲げた。
「それが第一案です。」
船体は安宅船よりやや長く。
船腹は広く。
船楼は低く抑えられている。
舷側には整然と小型砲が並ぶ。
「安宅船の長所は残す。」
「兵数。」
「接舷能力。」
「日本沿岸での戦闘力。」
「そこへ。」
「ガレアスのように舷側砲を加え。」
「帆装を改め。」
「船体をさらに強化する。」
佐野が静かに尋ねた。
「欠点は。」
大掾は即座に答えた。
「あります。」
「根本は安宅船です。」
「ゆえに。」
「敵もまた安宅船ならば。」
「決定的な優位は得られません。」
「日本では最強でしょう。」
「しかし。」
「未来の海。」
「外洋。」
「長距離航海。」
「そこでは、いずれ限界が訪れます。」
講堂は静まり返る。
大掾は第一の模型をそっと卓上へ戻した。
「ゆえに私は。」
「この案を採りませんでした。」
彼は二隻目の模型へ手を伸ばす。
「では。」
「もし、この船を設計するのがポルトガルの造船技師だったなら。」
講堂の空気が再び張り詰めた。




