久万高原の対話
秋風が久万高原を渡っていた。
久万城を背にした陶軍。
山裾に陣を敷く長宗我部軍。
その間には、誰のものでもない広い草原が横たわる。
双方とも陣は整い、旗は風を受け、兵は槍を立てた。
あとは法螺貝一つで戦が始まる。
その時だった。
陶晴賢が静かに立ち上がる。
「本多殿。」
「はっ。」
「元親殿へ使者を。」
本多正信は目を見開く。
「今、この場でございますか。」
「そうだ。」
陶は久万高原を見渡した。
「一度、話をしたい。」
「戦う前だからこそだ。」
本多は深く一礼すると、白旗を掲げて馬を進めた。
やがて長宗我部本陣へ至る。
「陶晴賢殿より。」
「大将同士、戦場の中央にて一度お話し申し上げたいとのこと。」
長宗我部元親はしばらく黙っていた。
やがて静かに笑う。
「よろしい。」
「応じよう。」
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ほどなくして。
久万高原の中央。
草原に敷かれた一枚の毛氈を挟み、陶晴賢と長宗我部元親は向かい合った。
双方とも護衛は数名のみ。
武具は身につけているが、誰も刀へ手を掛けない。
秋風だけが二人の間を吹き抜ける。
長い沈黙のあと、陶が先に口を開いた。
「元親殿。」
「お尋ねしたいことがあります。」
「何でしょう。」
「あなたは、なぜ戦われる。」
元親は陶を見つめた。
その問いは勝敗ではない。
武士としての根を問うものだった。
元親は静かに答える。
「土佐を守るため。」
「家を守るため。」
「そして。」
少し言葉を切る。
「我が家臣たちが命を懸けてきたものを、無駄にせぬため。」
「彼らの誇りを守るためです。」
陶は黙って聞いていた。
元親は続ける。
「戦は好みませぬ。」
「できることなら民は畑を耕し、海へ出て魚を獲ればよい。」
「されど。」
「強き者がおれば、弱き者は飲み込まれる。」
「我らが剣を収めれば、土佐はいずれ誰かのものとなりましょう。」
「ゆえに戦います。」
陶は小さく頷いた。
「もっともなお考えだ。」
元親は逆に問い返す。
「では陶殿。」
「あなたは、なぜ戦われる。」
「あなたほどの御仁ならば、山に城を築き守るだけでもよかった。」
「なぜ出てこられた。」
陶はゆっくりと久万城を振り返った。
一年守り続けた城が、静かに山上へ佇んでいる。
「私は。」
「戦が好きではありません。」
その言葉に元親は目を細めた。
陶は静かに続ける。
「私は一度、国を失いました。」
「多くの者が矛を取り。」
「多くの者が死にました。」
「その時、思ったのです。」
「矛は。」
「矛だけでは止まらぬ。」
「誰かが、より大きな矛を受け止めねばならぬ。」
元親は黙って聞いている。
「世には。」
「戦いたくて戦う者がおります。」
「止まれと言っても止まらぬ者がおります。」
「その者へ言葉だけを向けても意味はない。」
陶の目が真っ直ぐ元親を見据えた。
「だから私は。」
「暴れる矛には、矛をぶつけます。」
「力をもって止めます。」
「しかし。」
「勝つためではない。」
「勢いを殺すためです。」
「矛を折るためではなく。」
「矛を地へ置かせるためです。」
秋風が草を揺らした。
元親はゆっくり息を吐く。
「だから。」
「久万では出てこなかったのですな。」
陶は微笑む。
「ええ。」
「勝ちたかったのではない。」
「考えていただきたかった。」
元親も苦く笑った。
「一年。」
「十分に考えさせられました。」
二人はしばらく無言だった。
やがて元親が静かに言う。
「それでも。」
「今日だけは退けませぬ。」
「家中に、まだ戦いたい者がおります。」
陶も頷く。
「承知しております。」
「ゆえに私も退きませぬ。」
二人は同時に立ち上がった。
別れ際、陶は最後に一言だけ告げる。
「元親殿。」
「今日の戦。」
「勝った者が正しいのではありません。」
「戦った者すべてが、剣を収められる結末にいたしましょう。」
元親は静かに一礼した。
「望むところです。」
二人は背を向け、それぞれの陣へ帰っていく。
その背中を見送った本多正信は、小さく呟いた。
「お二人とも。」
「勝つためではなく。」
「終わらせるために戦っておられる。」
そして久万高原に、法螺貝の音が高く響き渡った。




