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折鷹、最後の一手

秋を迎えた久万城には、澄んだ風が吹いていた。


一年をかけて築き、守り抜いた山城は、今もなお土塁と堀を幾重にも巡らせ、静かに山々を見下ろしている。


その本丸では、陶晴賢が最後の軍議を開いていた。


那須資忠、本多正信、大久保兄弟、小笠原長時・長景、河野方の諸将らが一堂に会し、四国の絵図を囲む。


誰もが、次の一戦が最後になることを理解していた。


陶はゆっくりと口を開く。


「長宗我部は、最後の決戦を望んだ。」


「これは好機である。」


本多が頷く。


「岡豊には四勢力が集まりつつあります。」


「長宗我部。」


「十河。」


「香川。」


「安宅。」


「松永も兵糧と兵を送り届けたとの報せです。」


広間は静まり返る。


陶は地図から目を離さず続けた。


「……私は、一つ腑に落ちぬことがあった。」


諸将が顔を上げる。


「敵の心は、もう折れている。」


「久万は落ちなかった。」


「川之江も抜けなかった。」


「十河も香川も安宅も、幾度となく退けられた。」


「ならば、なぜまだ戦う。」


その問いに、誰もすぐには答えられなかった。


沈黙を破ったのは本多正信だった。


「面目……ではございませぬか。」


陶は静かに首を横へ振る。


「それだけではない。」


「元親殿は現実の見える御仁だ。」


「勝てぬ戦を、意地だけで続ける方ではない。」


那須は腕を組み、静かに考える。


陶はそこで初めて皆を見回した。


「私は、かつて大名であった。」


その一言に広間の空気が変わる。


「国を治め。」


「家臣を率い。」


「その果てに家を失った。」


陶の声は穏やかだった。


怒りも悔しさもない。


ただ経験を語る者の声である。


「ゆえに分かる。」


「大名が望むことと。」


「家中が望むことは、必ずしも同じではない。」


本多が小さく息を呑む。


「まさか……。」


陶は頷いた。


「元親殿は、戦を終えたい。」


「しかし家中には。」


「まだ終わらせたくない者がいる。」


「あるいは。」


「終わらせられない者がいる。」


「その者たちが。」


「元親殿を戦わせている。」


広間は静まり返った。


那須がゆっくりと口を開く。


「家中に、虫がおりますか。」


「その可能性が高い。」


陶は地図の岡豊へ指を置く。


「敵の心を折る。」


「それが折鷹の策であった。」


「しかし今、折るべきは軍ではない。」


「長宗我部家中、そのものだ。」


本多は思わず前へ身を乗り出す。


「では。」


「元親殿は。」


「討たぬ。」


陶は即座に答えた。


「討ってはならぬ。」


「元親殿が倒れれば。」


「強硬な者が『あと一歩で勝てた』と叫ぶだけだ。」


「それでは戦は終わらぬ。」


陶は静かに那須を見る。


「那須殿。」


「あなたの弓に頼みたい。」


那須も静かに頷いた。


「誰を射ればよろしい。」


陶は力強く言った。


「戦を終わらせぬ者だけだ。」


「退けと命じられてなお進む者。」


「兵をいたずらに死地へ送る者。」


「元親殿の決断を妨げる者。」


「その者だけを射抜いていただきたい。」


大久保忠世が低く呟く。


「大将を討つより難しい。」


陶は微笑んだ。


「だからこそ那須殿なのだ。」


そして陶は最後に立ち上がり、軍議を締めくくった。


「折鷹の策は、ここで終わる。」


「一年をかけて敵の軍を折った。」


「最後の一日で。」


「敵の戦う理由を折る。」


「それが、この戦の勝ち方である。」


広間の諸将は一斉に頭を下げた。


この瞬間、陶晴賢の策は一段深まった。


敵を倒す策ではない。


敵に、自ら剣を収めさせる策へと。

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