恋瀬川築城と同族への旅
恋瀬川の工事は、氏治の命が下るや直ちに開始された。
川岸には縄が張られ、木材が次々と搬入される。大工の槌音は朝から夕刻まで絶えることなく響き、宍戸政繁は泥にまみれながら縄張りの見直しに当たっていた。
「土塁はさらに半間高く。橋脚は一層太くすること。」
「馬出しは橋を射程に収める位置に設ける。敵を渡らせ、橋の中央で阻止する。」
傍らではモンケが異国の言葉を交えつつ図板を広げ、職人たちに細やかな指示を与えている。
「屋根ヲ設ケル。雨天デモ射撃可能ニスル。」
「橋ノ下ハ川。城ノ堀モ川トスル。」
これまで誰も見たことのない城が、恋瀬川のほとりに姿を現し始めていた。
氏治はしばらくその様子を見守ると、小さく頷いた。
「ここはお二人にお任せいたします。」
宍戸は深く頭を下げる。
「必ず間に合わせてみせます。」
モンケも胸に手を当てて微笑んだ。
「佐竹、驚ク。」
その言葉に氏治も思わず笑みを浮かべる。
「期待しております。」
真壁幹久が馬を引いて近づいた。
「では、参りましょうか。」
「はい。」
同行するのは真壁幹久、治彦、そして陳猛哲のみ。
護衛を含めても二十騎に満たない。
戦へ向かう行列ではなく、友を訪ねる旅であった。
馬はゆっくりと恋瀬川を離れる。
振り返ると、工事はすでに再開されていた。
槌音は絶えることなく響き続ける。
氏治はその音を聞きながら静かに言った。
「佐竹は必ずここへ参ります。」
真壁が頷く。
「ならば我らも間に合わせねばなりませぬな。」
「ええ。」
氏治は前を向いた。
「ですが、その前にお会いしておきたい方がおります。」
治彦が尋ねる。
「江戸頼家殿、でございますか。」
「はい。」
氏治は静かに微笑む。
「佐竹家中で最も厳しい立場にありながら、義を捨てなかった御方です。」
陳猛哲が馬上で首をかしげた。
「敵方のお方では?」
「現時点では。」
氏治は穏やかに答える。
「しかし、同じ坂東藤原流でもあります。」
「私は勧誘に参るのではありません。」
「祖を同じくする者として、お目にかかりたいだけです。」
陳は口元に笑みを浮かべる。
「なるほど。それで漢籍をお持ちになられたのですね。」
荷駄には桐箱が積まれていた。
その中には、陳が福建で得た知識と記憶をもとに書き写した『論語』『孟子』『孫子』『史記』をはじめとする漢籍の写本が収められている。
「学問を好まれる方への手土産です。」
氏治がそう言うと、陳は苦笑した。
「私は商人となりましたが、学者への未練だけは捨てきれませんでして。」
治彦が微笑む。
「だからこそ、これほど見事な写本となるのでしょう。」
街道は霞ヶ浦を望みながら北へと延びる。
初夏の風が若葉を揺らし、遠くには水戸の山並みが霞んで見えていた。
氏治はその景色を眺めながら、小さく息をつく。
「さて。」
「坂東藤原流の同族に、会いに参りましょう。」




