梅雨の山城
やがて四国にも梅雨が訪れた。
朝から晩まで細かな雨が山々を包み、霧は谷を埋め、久万城も白い靄の中へ姿を隠した。
陶晴賢は空を見上げ、小さく息を吐く。
「いよいよ火は使えぬか。」
これまで幾度となく長宗我部勢を苦しめた火矢は湿り、油壺も思うように燃え広がらない。
鉄砲も火縄が湿気を帯び、撃てる機会は大きく限られた。
城兵たちは少なからず不安を覚えた。
しかし、それ以上に動いたのは長宗我部軍であった。
「今こそ攻め時!」
火攻めはない。
鉄砲も存分には撃てない。
元親はこの機を逃さず、兵を前へ押し出した。
幾隊もの兵が霧の中を進み、久万城へ迫る。
だが、その期待は山へ足を踏み入れた途端に裏切られた。
連日の雨で山道は泥となり、一歩ごとに足を取られる。
荷駄は進まず、槍を支えるだけでも体力を奪われる。
ようやく堀へ辿り着けば、雨を含んだ深い空堀はぬかるみとなり、人馬は容易に這い上がれない。
土塁は崩れぬよう固く締められていたが、その斜面は雨で滑りやすくなり、登ろうとする兵を次々と足元から落としていく。
逆茂木には泥が絡みつき、身動きの取れなくなった兵を城兵の矢が正確に射抜いた。
城内では陶が静かに頷く。
「雨は敵だけの味方ではない。」
「山は、晴れの日よりも雨の日の方が牙を剥く。」
火は使えなくなった。
鉄砲も思うようには撃てない。
それでも久万城は揺るがなかった。
いや、むしろ雨によって山そのものが城壁となり、長宗我部軍の行く手を阻んでいた。
攻めるたびに兵は泥に沈み、堀に落ち、坂を滑り落ちる。
元親は前線からその様子を見つめ、静かに呟いた。
「この城は、人と戦っているのではない。」
「山そのものと戦っているのだ。」
梅雨は攻め手に好機を与えるはずであった。
しかし久万城では、その長雨さえも守りの一部となり、長宗我部軍をこれまで以上に苦しめる結果となった。




