久万城の守将
長宗我部の大軍が伊予へ迫る中、陶晴賢は久万城へ入った。
「ここより先は、一歩たりとも通さぬ。」
完成したばかりの久万城は、石垣も天守もない。
深い空堀と高い土塁。
幾重にも折れ曲がる虎口。
逆茂木と柵。
そして山肌そのものを城壁とした、質実剛健な山城であった。
豪華さはない。
しかし守るためだけに造られた城である。
陶は城内を一巡すると満足そうに頷いた。
「これでよい。」
家臣が尋ねる。
「鉄砲隊はどこへ配置いたしましょう。」
陶は首を横に振る。
「鉄砲も使う。しかし、この城では火の方がよく働く。」
命じられるまま兵たちは倉を開き、油を満たした壺を積み上げる。
松脂を巻いた火矢。
油壺。
投げつければ砕け散る焼き油の壺。
陶はそれらを見渡しながら静かに言った。
「敵は坂を登らねばならぬ。」
「登ってきたところへ火を落とせ。」
「柵を越えたなら油を浴びせよ。」
「混乱したところを弓で射る。」
「鉄砲はその後で十分だ。」
兵たちは力強く応えた。
「はっ!」
ある武将が心配そうに口を開く。
「しかし、火を放てば城まで燃えませぬか。」
陶は土塁へ手を置いた。
「この城は石と土で守る城だ。」
「燃えるのは柵や逆茂木くらいのもの。」
「それらは壊れれば、また作ればよい。」
静かに笑みを浮かべる。
「木の城ならば火は敵となる。」
「だが土の城では、火もまた味方となる。」
兵たちは改めて城を見渡した。
堀も土。
塁も土。
斜面も土。
まるで山そのものが要塞となっている。
陶は遠く土佐方面を見つめる。
「元親。」
「この山は、お主が思うほど優しくはない。」
「登るたびに火を浴び、登るたびに土へ引きずり落とされる。」
「ここで存分に時を費やしてもらおう。」
久万城は静かであった。
しかしその静けさの裏では、山そのものが長宗我部軍を迎え撃つための巨大な罠へと変わりつつあった。




