秋への停戦
梅雨から盛夏にかけて、那須資忠と本多正信は中村御所への圧力を緩めることはなかった。
一方で讃岐・阿波では旧三好勢が各地で反攻を続け、長宗我部軍は四国各地へ兵を分散させざるを得なくなっていた。
互いに決定打を欠くまま、夏も終わりに近づいた頃――。
今治へ一騎の使者が到着する。
長宗我部元親からの使者であった。
河野家、西園寺家、そして那須資忠が集まり、書状が読み上げられる。
> 「これ以上の消耗は、四国の民を苦しめるのみ。 秋より正月まで、互いに兵を収め停戦といたしたい。」
館は静まり返った。
河野は腕を組み、しばらく考え込む。
「那須殿、いかが見る。」
那須は地図へ目を落とした。
伊予はおおむね安定し、中村御所を巡る戦いも膠着している。
旧三好勢も讃岐・阿波で戦線を維持しているものの、双方とも兵の疲労は隠せなかった。
やがて那須は静かに答える。
「受けましょう。」
「今必要なのは、一城を奪うことではありません。」
「伊予を固め、民を休ませることです。」
西園寺も頷く。
「戦はいつでもできる。しかし田畑は季節を待ってはくれぬ。」
河野も静かに立ち上がる。
「よかろう。」
「秋より正月まで停戦する。」
こうして両軍は停戦に合意した。
国境には監視の兵だけが残され、大軍はそれぞれの国へ引き揚げる。
伊予では久しく聞こえなかった鍬の音が田畑に戻り、街道には再び商人の姿が見え始めた。
その間も、久万高原だけは休むことがなかった。
陶晴賢の指揮のもと、弘中隆包、内藤隆世、冷泉隆豊ら陶家臣団は昼夜を問わず築城を続ける。
本願寺の志願兵、旧三好の武士、畿内から集まった職人たちも力を合わせ、深い空堀、幾重もの土塁、堅固な虎口、兵糧蔵、見張り台が次々と完成していく。
そして冬。
雪の舞う久万高原に、一つの山城がその全貌を現した。
久万城。
石垣も天守も持たぬ質実剛健の城であったが、その縄張りは四国屈指の堅牢さを誇り、伊予と土佐を結ぶ要衝を見下ろしていた。
城門の前に立った陶は静かに言う。
「これでよい。」
「来る春には、この城が四国を支える。」
こうして停戦の数か月は、互いが兵を休めるだけでなく、四国の均衡を大きく左右する久万城完成という実りをもたらしたのであった。




