亡霊の生還
宴は夜更けまで続いた。
かつて幾度も戦場で知略を競い合った者たちは、今は盃を交わし、戦ではなく国造りを語り合う。
元就は幾度となく陶晴賢へ視線を向け、そのたびに苦笑した。
「見れば見るほど不思議よ。」
「晴賢、お主、本当に生きておったのだな。」
陶もまた笑みを浮かべる。
「私もこうして元就殿と酒を酌み交わせる日が来るとは思いませなんだ。」
翌日。
元就は自ら氏治一行を案内した。
「せっかく坂東より遠路参ったのだ。」
「安芸を見ずに帰すわけにはいくまい。」
氏治、佐野、空蝉、陶の四人は毛利家の案内で宮島へ渡る。
海上に朱塗りの大鳥居が姿を現すと、氏治は思わず息を呑んだ。
「これが厳島。」
佐野も静かに頷く。
「聞き及んではおりましたが、これほどとは。」
元就は穏やかに語る。
「この社は毛利のみならず、西国の宝よ。」
「戦があろうとも、この景色だけは失いたくない。」
四人は厳島神社へ参拝し、戦乱のない一年を祈願した。
陶は社殿の前でしばらく立ち尽くしていた。
かつて命を懸けて戦い、すべてを失った場所。
その地に今は客人として立っている。
「奇妙なものです。」
陶は静かに呟いた。
「人は変われど、この海だけは何も変わっておりませぬ。」
元就はその言葉に黙って頷いた。
やがて一行は宮島を巡り、港や町を見学しながら安芸で数日を過ごした。
しかし、その頃。
毛利家中から漏れ伝わった一つの報せは、瀬戸内を越え、西国各地へと瞬く間に広がっていた。
「陶晴賢、生存。」
最初は誰も信じなかった。
「亡霊を見たのであろう。」
「誰かが名を騙っておる。」
そう笑い飛ばした者も少なくなかった。
だが、その場には毛利元就、隆元、吉川元春、小早川隆景をはじめ、多くの重臣が居合わせていた。
皆が口を揃えて言う。
「あれは間違いなく、陶晴賢その人であった。」
しかも、その陶は小田氏治の客将として現れ、毛利元就と盃を交わし、新年を祝ったという。
この報は西国諸大名を震撼させた。
かつて西国一の名将と恐れられ、厳島で討たれたはずの男が、生きて帰ってきたのである。
「亡霊が帰ってきた。」
その噂は尾ひれを付けながら広まり、人々は畏れと驚きをもって語り合った。
そして同時に、西国の諸将はもう一つの事実を悟る。
その亡霊は、小田氏治のもとにいる。
東国の若き雄は、畿内のみならず、西国にまで確かな縁を結び始めていたのである。




