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空蝉の診察

元就がようやく呼吸を整えると、広間には静かな笑いが戻っていた。


「まったく……。」


元就は陶を見つめたまま苦笑する。


「わしは夢でも見ておるのかと思うた。」


陶は深く頭を下げた。


「厳島では、多くの者にご迷惑をお掛けいたしました。」


「今日ここへ参ったのは、勝敗を論じるためではございませぬ。」


懐から一幅の書を取り出し、両手で捧げる。


「新年を寿ぎ、そして過去へのけじめとして、この書をお納めください。」


元就はしばらく無言で書を見つめる。


やがて自ら受け取ると、ゆっくりとうなずいた。


「敵としては恐ろしい男であった。」


「だが、こうして再び会えば、不思議と恨みは湧かぬものよ。」


「乱世とは、実に妙なものじゃ。」


陶もまた小さく笑った。


「私も同じにございます。」


「もし今も敵同士であれば、このような書など持って参りませぬ。」


氏治はその様子を静かに見届けていた。


「元就公。」


「私は天下を争うために参ったのではございません。」


「坂東は東を、毛利家は中国を守る。」


「互いに国を治め、人を富ませることこそ肝要と考えております。」


元就は氏治を見つめる。


若き当主の言葉には、虚勢も野心も感じられなかった。


「その歳で、その境地か。」


「面白い若者よ。」


佐野も一歩進み出る。


「摂津もようやく落ち着きを取り戻しつつあります。」


「瀬戸内の海が穏やかであれば、商人も民も安心して往来できます。」


「どうか今後とも良きお付き合いをお願い申し上げます。」


元就はゆっくりとうなずいた。


「よかろう。」


「瀬戸内は争えば互いに傷つく。」


「海は戦場ではなく、人を結ぶ道である方が望ましい。」


その言葉を聞き、空蝉が静かに口を開いた。


「元就様、少々失礼いたします。」


広間が静まり返る。


空蝉は元就の前へ進み、脈を診て、顔色や呼吸を静かに確かめた。


元就は不思議そうに笑う。


「医師でもあるのか。」


「はい。」


「先ほどは驚きで脈が乱れましたが、それだけではございませぬ。」


空蝉は丁寧に言葉を選んだ。


「長年のお疲れが胃腸に現れております。」


「食も以前ほど進まぬことがございましょう。」


元就は目を丸くする。


「……そこまで分かるか。」


隆元が驚いたように口を開いた。


「父上はここ数年、食が細くなっております。」


空蝉は静かにうなずいた。


「ご病気と決めつけるつもりはございません。しかし、このまま無理を重ねれば、いずれ大きく体を損なわれます。」


氏治が続ける。


「坂東では朝鮮との交易により、良質な薬材が手に入ります。」


「もし元就公がお許しくださるなら、毎年お届けいたしましょう。」


元就は四人を順に見渡した。


敵として戦った男。


その男を救い、共に連れてきた若き大名。


畿内を治める武将。


そして、自らの身を案じる医師。


元就は静かに笑みを浮かべた。


「晴賢が生きておるだけでも天がわしを驚かせたというのに、今度は敵であった者たちから命まで案じられるとは。」


「わしはまだ、この乱世をもう少し見届けよということかもしれんな。」


広間には穏やかな笑いが広がり、新年の賀礼は、かつての敵味方を越えた和やかな宴へと変わっていった。

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