窺虎の計、終わる
永禄八年(1565年)晩秋。
土佐から伊予へ入り、道後温泉で湯治をし、河野家を訪ねた那須資忠、本多正信、陶晴賢の三人は、再び讃岐への道を歩いていた。
遍路道をゆっくりと北へ進み、幾つもの札所へ手を合わせながら歩き続ける。
急ぐ旅ではなかった。
戦のために始まった旅であったが、終わってみれば四国そのものを知る旅となっていた。
そして数日後。
三人は再び金毘羅へ戻ってきた。
石段を登り、金毘羅大権現へ参拝を済ませる。
那須は静かに手を合わせた。
「これにて、窺虎の計も終わりだな。」
陶晴賢も頷く。
「長宗我部を知り、河野を知り、四国を知った。」
「これ以上望むことはあるまい。」
本多正信は苦笑した。
「私は帳面がいっぱいになりました。」
「しばらく整理するだけでも大仕事です。」
三人は門前町の茶屋へ入り、ようやく肩の力を抜いた。
その時だった。
店の外から聞き覚えのある笑い声が響く。
「はっはっは。」
「いやあ、おめでとうございます。」
障子が開き、一人の男が扇を手に現れた。
松永久秀である。
那須は目を丸くした。
「松永殿!」
「なぜここに。」
久秀は当然のような顔で席へ腰を下ろした。
「祝い酒を持って参りました。」
「策が無事終わったと聞けば、祝わぬわけにも参りますまい。」
陶は呆れ半分に笑う。
「誰から聞いた。」
久秀は扇で口元を隠した。
「さて。」
「それは企業秘密というものでございます。」
本多正信が思わず笑う。
「やはり間者がおられるので。」
「もちろん。」
久秀は悪びれる様子もない。
「二十の瞳は、今も健在でございます。」
那須は肩をすくめた。
「もう隠す気もないな。」
「ございませぬ。」
久秀は酒を注ぎながら言った。
「策とは、終わるまでが策。」
「そして無事帰ってきて初めて成功と言うのです。」
四人は杯を合わせた。
「窺虎の計の成功に。」
静かな音が響く。
金毘羅の夕暮れ。
長宗我部を知り、河野を知り、四国を巡った長い旅は、こうして幕を閉じた。
だが、この旅で得た知識と縁は、やがて四国全土の運命を左右する大きな礎となっていくのであった。




