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窺虎の計 ―― 道後の湯

永禄八年(1565年)晩秋。


長宗我部の本領を巡り、土佐の山河を歩き続けた那須資忠、陶晴賢、本多正信の旅も終盤を迎えていた。


三人は土佐から伊予へ入り、宇和海沿いを北上しながら札所を巡る。


その足は、やがて伊予随一の湯治場――道後温泉へとたどり着いた。


湯煙が立ちのぼり、湯治客や巡礼、商人、僧侶が行き交う。


戦乱の世とは思えぬほど穏やかな空気が流れていた。


那須は湯へ肩まで浸かると、大きく息を吐いた。


「生き返るな。」


陶晴賢は思わず笑う。


「阿波から土佐まで山ばかり歩いたのだ。」


「これくらいの褒美はあってよい。」


少し離れた湯船では、本多正信が湯治客たちの世間話に耳を傾けている。


「河野様は近頃よう城下を歩かれる。」


「長宗我部が気掛かりじゃそうな。」


「瀬戸内の船も前ほど自由ではなくなった。」


そんな何気ない話まで、正信は自然に聞き取っていた。


湯から上がると三人は茶を飲み、久しぶりにゆっくりと身体を休める。


「こうして旅をしてみると。」


那須が呟く。


「四国も広いものだ。」


陶は静かに頷く。


「だからこそ、一国だけでは治まらぬ。」


「皆、生きるために動いている。」


その時だった。


宿の主人が奥から慌てた様子でやって来る。


「失礼いたします。」


「お遍路様方でしょうか。」


那須が振り返る。


「そうだが。」


主人は丁寧に頭を下げた。


「河野様のご家臣がお見えでございます。」


三人は顔を見合わせる。


間もなく、鎧をまとった数人の武士が宿へ入ってきた。


年長の家臣が一礼する。


「突然のお呼び立て、ご容赦願いたい。」


「我が主、河野殿が、お三方にぜひお会いしたいと申されております。」


那須は平然と尋ねる。


「我らはただの巡礼だ。」


「何か間違いではないか。」


家臣は穏やかに微笑んだ。


「いえ。」


「那須与一公の末流と名乗られたお方。」


「そして……。」


一瞬だけ陶晴賢へ視線を向ける。


「昔を知る方がおられるとも伺っております。」


陶は静かに目を閉じ、小さく息をついた。


「やはり気付かれたか。」


家臣は深く頭を下げる。


「ご安心ください。」


「このことを知る者は、ごくわずかにございます。」


「殿は敵としてではなく、旧き縁ある者としてお迎えしたいとのこと。」


那須は陶を見る。


陶はゆっくりと頷いた。


「参ろう。」


「河野殿とは、一度きちんと話しておくべきだ。」


こうして三人は道後温泉を後にし、伊予・河野家の居城へ向かうこととなった。


長い巡礼の旅は、思いがけない旧友との再会によって、新たな局面を迎えようとしていた。

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