窺虎の計 ―― 再び巡礼の道へ
鹿島政清からの文を読み終えると、三人はしばらく無言のまま地図を見つめていた。
やがて陶晴賢が静かに文を畳む。
「十分だ。」
「城も見た。」
「街も見た。」
「民の暮らしも、商いも見た。」
本多正信も頷く。
「長宗我部は強い。」
「ですが、強さだけではありません。」
「国の懐も、人々の暮らしも見えました。」
那須は荷をまとめながら笑った。
「敵を見る旅のつもりだったが、四国を知る旅になったな。」
陶は穏やかに答える。
「それでよい。」
「国は城だけではない。」
「人がいて初めて国になる。」
三人は頷き合うと、机に広げた地図をしまい込んだ。
本多は文を火鉢へ入れる。
紙は静かに燃え、やがて灰となる。
「これで証拠は残りません。」
「鹿島殿にも迷惑は掛けられませんから。」
那須は立ち上がると、白衣を整え、菅笠を深くかぶった。
陶も錫杖を手に取る。
正信は荷を背負い直し、巡礼札を胸へ結び直した。
もう武将でも家臣でもない。
どこにでもいる三人のお遍路である。
寺を出ると、朝の鐘が静かに山へ響いた。
遍路道には、老夫婦や若い旅人、僧侶たちが思い思いの歩調で進んでいる。
那須もその列へ自然に加わった。
「さて。」
「次の札所へ行くか。」
陶は笑う。
「急ぐ旅でもない。」
「せっかく四国へ来たのだ。」
「八十八か所、巡れるところまで巡ろう。」
本多も穏やかに頷いた。
「その道中で、また新しい話が聞けるでしょう。」
「旅人はよくしゃべりますから。」
三人は笑い合う。
土佐の山道を、錫杖の音だけが静かに響く。
今は誰も、彼らが阿波を救った将であり、長宗我部を探る密使であるとは気づかない。
彼らはただ一人の巡礼として寺々を巡り、人々と言葉を交わしながら、ゆっくりと四国の大地を歩き続けた。戦を知るためではなく、この島に暮らす人々を知るために。




