窺虎の計 ―― 学友からの便り
長宗我部の支城を遠巻きに眺め、その構えと街道の様子を十分に見届けると、三人は顔を見合わせた。
陶晴賢が静かに言う。
「これ以上は目立つ。」
「一度散ろう。」
那須も頷く。
「寺で落ち合う。」
本多正信は笑みを浮かべた。
「では私は市を回ります。市ほど情報の集まる場所はありません。」
三人は巡礼の姿のまま、それぞれ別々の道を歩き始めた。
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それから、およそひと月。
永禄八年十月。
土佐の港へ、一隻の大きな船がゆっくりと入港した。
黒々とした船体。
高い帆柱。
遠目にもただの廻船ではない。
坂東で建造された坂東ガレオンであった。
積荷は塩、干魚、布、薬種、酒。
商船として寄港した体裁である。
那須が港を歩いていると、一人の商人が大きな荷を抱えて近寄ってきた。
「旦那、旦那。」
「今日は安うしときます。」
「干し柿に干し肉、味噌、それに団子までありますぞ。」
那須は顔をしかめた。
「いや、一人では食べきれん。」
商人はなおも食い下がる。
「旅には保存食です。」
「損はさせません。」
その声を聞いた瞬間。
那須は思わず吹き出した。
「……鹿島。」
商人は肩をすくめ、帽子を少し上げる。
そこにいたのは、学友の鹿島政清だった。
「気づくのが遅いですよ。」
「立派な商人になったでしょう?」
那須は笑いながら荷を受け取る。
「押し売りとは商売が上手くなったものだ。」
鹿島は小声で囁く。
「中をご覧になるのは寺へ戻ってから。」
「私はすぐ港を離れます。」
「では。」
何事もなかったように鹿島は人混みへ消えていった。
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那須は宿としている寺へ戻る。
そこには陶晴賢と本多正信が待っていた。
「何を買ってきた。」
陶が笑う。
那須は荷を広げる。
干し肉、味噌、干し柿、薬草、干魚。
旅にはありがたい品ばかりだった。
その底から、一通の文が現れる。
本多が障子を閉める。
陶が火鉢を寄せる。
那須は封を切り、静かに読み始めた。
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『学友より』
長宗我部は四国にて勢いを増しつつあり。
されど、その国力はいまだ十分とは言い難し。
従来、土佐の木材は三好家を通じて京へ売り出されるを常とせしが、三好没落の後、その販路を失えり。
木材は山に積まれ、商人は行き場をなくし、国の収入は細る。
その窮を補わんがため、近年は戦による領土拡大へ目を向けている節あり。
敵は強し。されど、その強さの裏には焦りもまた見ゆ。
旅の無事を祈る。
追伸、補給物資を少々送る。腹を空かせて倒れるな。
――鹿島政清
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文を読み終えると、静寂が流れた。
陶晴賢がゆっくり頷く。
「なるほど……。」
「戦好きだから戦っているのではない。」
本多正信も続ける。
「戦わねば国が立ちゆかぬのです。」
「販路を失った結果、外へ活路を求めている。」
那須は文を丁寧に畳み、荷の中の干し柿を一つ手に取った。
「鹿島らしい。」
「補給だけでなく、国の急所まで送ってきた。」
陶は静かに笑う。
「よい学友を持ったな。」
正信も頷く。
「敵を倒す前に、敵がなぜ戦うのかが見えてきました。」
三人は地図を広げる。
長宗我部の敵は、阿波や伊予だけではない。
「販路を失った土佐」という現実そのものが、元親を戦へと駆り立てているのだった。




