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窺虎の計 ―― お遍路の道

永禄八年(1565年)九月。


金毘羅で軍議を終えた那須資忠、陶晴賢、本多正信の三人は、武具を最小限に改め、お遍路姿へ身を変えた。


笠をかぶり、白衣をまとい、金剛杖を手にする。


傍目には、どこにでもいる巡礼の旅人であった。


目指すは土佐。


長宗我部元親の本領である。


しかし三人は急ぐことはしなかった。


「どうせ見るなら、四国そのものを見よう。」


そう言ったのは陶晴賢である。


那須も頷いた。


「戦ばかりでは国は分からぬ。」


「人を見ねばな。」


三人は金毘羅を後にし、阿波への山道をゆっくりと歩いた。


寺へ着けば、僧と囲炉裏を囲んで昔話に耳を傾ける。


旅の安全を祈願した後は、村の子どもたちと笑い合い、年老いた巡礼と道を語り合った。


門前町では、その土地の名物を口にする。


讃岐では打ちたてのうどん。


阿波へ入れば祖谷の蕎麦や川魚。


茶屋では酒を少しだけ口にしながら、旅人たちの取り留めもない話を聞く。


「最近は土佐から塩を買いに来る者が増えた。」


「長宗我部様はよう戦に勝つ。」


「けれど年貢は前より厳しくなったそうだ。」


そんな何気ない噂話を、本多正信は一つも聞き漏らさなかった。


宿へ戻ると、小さな帳面へ静かに書き留めていく。


那須は感心したように笑う。


「そんな世間話まで書くのか。」


正信は筆を止めず答えた。


「大名は嘘をつきます。」


「ですが、百姓は夕飯の話をしながら本当のことを話します。」


「国を知るには、城より囲炉裏です。」


陶晴賢は膝を打った。


「その通りだ。」


「私は城ばかり見てきた。」


「お前は国を見ている。」


旅は祖谷の険しい谷へと続く。


吊橋を渡り、深い渓谷を越え、山里へ泊まる。


昼は険しい山道を歩き、夜は囲炉裏を囲み、僧や木こり、馬子、商人と語り合う。


急ぐ旅ではない。


敵を知る旅である。


やがて三人は阿波の山々を越え、土佐への峠へと差しかかった。


目の前には、長宗我部元親が治める国が静かに広がっていた。


那須は遠くの山並みを見つめる。


「いよいよだな。」


陶晴賢は静かに頷く。


「ここから先は虎の縄張り。」


本多正信は周囲を見回し、小さく笑った。


「ならば私どもは、ただの巡礼で参りましょう。」


三人は再び笠を深くかぶると、お遍路の列へ自然に溶け込みながら、長宗我部本領へと静かに歩みを進めた。

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