軍議の沙汰 ―― 阿波新体制
八月の戦が終わり、九月を迎える頃。
阿波城には佐野昌綱をはじめ、松永久秀、陶晴賢、那須資忠、香川・安宅・十河ら四国の諸将が集い、戦後の沙汰が申し渡された。
まず佐野が口を開く。
「阿波は一条殿を旗頭とする。」
「その政を支えるため、新たな体制を定める。」
広間へ次々と名が読み上げられる。
一色藤長を政務総奉行とし、阿波の政務と外交を統括。
岩佐には蔵と兵糧、財政を預ける。
長には旧三好家臣団の取りまとめを命じ、旧臣の帰参を進めさせる。
遊佐には城代を命じ、阿波諸城の守りと治安維持を任せた。
さらに下間頼廉の推挙により、下間仲孝、下間頼龍ら本願寺一族が阿波へ入り、寺社・兵站・民政を支えることとなった。
その一行には、一人の男も加わっていた。
かつて三河一向宗の門徒として戦い、生駒山では門徒をまとめて突破した本多正信である。
正信は放浪の末、「面白き国で働いてみたい」と自ら望み、那須資忠の家臣となることが認められた。
那須は苦笑しながらも、
「武は任せろ。知恵はお前に頼む。」
と言い、正信も深く頭を下げた。
続いて、会津より呼び戻された岩成友通が進み出る。
「故郷へ戻る機会を賜り、感謝申し上げます。」
その時、松永久秀が静かに歩み寄った。
「岩成殿。」
「一つだけ申し上げます。」
笑みの消えた久秀の声に、広間は静まり返る。
「ここはもう昔の三好ではございませぬ。」
「もし妙な真似をなされるようでしたら……。」
久秀は陶晴賢と那須資忠へ目を向ける。
「その時は、このお二人にお会いいただきます。」
岩成は無言で頷いた。
しかし久秀はさらに岩成だけに聞こえる声で囁く。
「それと、二十の瞳がお前を見張っております。」
「この阿波には、私の間者が十人おります。」
「残る十の瞳は、この場の皆様方。」
「何も企まなければ、気にする必要はございません。」
岩成は苦く笑うしかなかった。
「心得ました。」
「阿波のために働きましょう。」
その返答に久秀はいつもの笑みへ戻る。
「結構。」
「それでは、わたくしの役目もここまで。」
久秀は佐野へ一礼した。
「阿波も讃岐も落ち着きました。」
「一条殿もいずれ快復なされましょう。」
「いつまでも私がおれば、一条殿の立場を弱くいたします。」
「ゆえに、私は淡路へ戻ります。」
佐野は頷く。
「四国の門は、松永殿に預けます。」
「何かあれば、すぐ船を出しましょう。」
久秀は扇を広げ、軽く笑った。
「一条殿が心配でございますのでな。」
その言葉を残し、松永久秀は淡路への船へ乗り込んだ。
その数日後、阿波の港には次々と船が入港する。
畿内より派遣された一色藤長、岩佐、長、遊佐、下間一族とその供回り、本願寺の僧兵や奉行衆が到着し、阿波城下は一気に活気づいた。
阿波はもはや一条一人の国ではなく、多くの者が支え合い、互いに監督し合う新たな統治の拠点として歩み始めるのであった。




