阿波奪還の代償
長宗我部軍が陸路へ退いたことで、阿波の諸城は次々と一条方へ帰順した。
ついに一条兼定は、失われていた阿波の地を取り戻したのである。
しかし、その代償はあまりにも大きかった。
連日の激戦。
二度にわたる台風。
濡れた鎧のまま戦い続けた疲労。
傷を押して指揮を執り続けた一条の身体は、ついに限界を迎えた。
城門をくぐった瞬間、一条は馬上でふらつき、そのまま意識を失って落馬した。
「殿!」
家臣たちが駆け寄るより早く、松永久秀が馬を飛ばして駆けつける。
久秀は膝をつき、一条の脈を確かめると、険しい顔で振り返った。
「安心なされ。」
「命に別状はございませぬ。」
そう言いながらも、その表情には深い憂いが浮かんでいた。
「戦傷に加え、この台風続きです。」
「熱も高い。」
「このまま無理をなされば危のうございます。」
那須資忠も静かに頷く。
「すぐに休ませましょう。」
陶晴賢も短く命じた。
「阿波城へ。」
「医師を集めよ。」
久秀はすぐさま家臣へ命を飛ばす。
「城中を整えよ!」
「薬師という薬師を呼べ!」
「湯を沸かせ!」
「寝所を用意せよ!」
一条は丁重に輿へ移され、そのまま阿波城へ運び込まれた。
城へ入ると、久秀は迷うことなく机へ向かい、筆を取る。
さらさらと流れるような筆致で一通の書状を書き上げると、封をして使者へ託した。
> 「摂津伊丹城、佐野様へ。」
> 「阿波奪還は成りました。」
> 「しかし一条殿は戦傷と疲労により倒れられました。」
> 「どうかご来駕いただきたく存じます。」
> 「あわせて腕利きの医師もお連れ願いたい。」
使者は深く一礼すると、夜を徹して畿内へ向かった。
その姿を見送りながら、松永久秀は静かに笑みを浮かべる。
「佐野様がお越しになれば、一条殿も心強く思われましょう。」
那須はその横顔を見て苦笑した。
「松永殿。」
「あなたは本当に一条殿を案じておられるのか、それともここまで計算のうちなのか……。」
久秀は扇で口元を隠し、小さく笑う。
「さて。」
「それは、佐野様がお着きになってからのお楽しみということで。」




