阿波侵攻 ― 先鷹の計
一条兼定は讃岐に兵を集めると、旧三好勢から借り受けた兵を先頭に掲げ、阿波奪還を目指して南へ軍を進めた。
国境では長宗我部方の守備兵を次々と打ち破り、失地は瞬く間に回復される。
「あまりにも脆い。」
一条は勢いに乗り、そのまま阿波深くまで進軍した。
しかし、進めども進めども敵の本隊は姿を見せない。
家臣の中には警戒を口にする者もいたが、一条は勝機と見て進軍を続けた。
やがて空は急速に暗くなり、暴風雨が阿波を襲う。
軍は近くの寺院へ入り、台風が過ぎるのを待つことになった。
その頃、海では松永久秀が水軍を淡路へ退避させていた。
久秀は一条のもとへ使者を送り、深く頭を下げる。
> 「申し訳ございませぬ。台風を恐れ、船を淡路へ退かせました。」
その知らせに一条は苦い顔をしたが、荒れる海を見れば責めることもできなかった。
だが、それは久秀の芝居だった。
海路を空けることで、長宗我部の援軍をあえて阿波へ渡らせ、一条を本格的な戦へ引き込む――それこそが先鷹の計だったのである。
台風が過ぎると、海路から現れた長宗我部の別働隊が一条軍へ襲いかかった。
一条は苦戦しながらも前線で指揮を執り、激戦が続く。
その最中、久秀は陶晴賢と那須資忠を前に空を見上げ、扇を振って笑った。
> 「では、もう一度台風でも呼んでみましょうか。」
那須は呆れ顔で返す。
> 「そのようなことができるはずも……。」
ところが翌日。
再び南の海から黒雲が湧き上がる。
まさかの第二の台風だった。
久秀は目を丸くし、
> 「……これはさすがに、わたしも驚きました。」
と苦笑する。
だが、その頃には三人はすでに動いていた。
激戦の最中でも、久秀・陶・那須は少しずつ兵を戦列から抜き、雨と夜陰に紛れて伏兵として南方へ移動させていたのである。
第二の台風を避けて休息していた長宗我部別働隊へ向け、暴風雨の中を一気に進軍。
南方から敵の背後へ突入した。
長宗我部軍は完全に虚を突かれた。
ただでさえ台風による疲労が重なり、しかも本隊ではなく別働隊であったため、態勢を立て直すことができない。
その先頭に立ったのは那須資忠であった。
豪雨の中、約百五十メートル先に立つ敵将を見据える。
静かに弓を引き絞り、一矢を放つ。
矢は敵将の兜の前立てを正確に射抜いた。
敵味方が息を呑む中、那須は高らかに名乗る。
> 「那須与一が末流、那須資忠、推して参る!」
その声を合図に伏兵が雪崩れ込み、長宗我部別働隊は総崩れとなった。
元親は兵をまとめて陸路へ退却し、阿波北部は一条方の手に戻る。
こうして阿波奪還は成った。
しかし、一条兼定は借り受けた兵を大きく消耗し、自らも激戦と二度の台風で傷を負い、讃岐へ退いて療養を余儀なくされる。
表向きの勝者は一条。
だが、その勝利の裏では、松永久秀・陶晴賢・那須資忠の三人が「先鷹の計」を最後まで描き切っていたのであった。




