松永久秀の先遣策
讃岐の城には、香川・安宅・十河の三将が顔を揃えていた。
那須資忠は自らの名を明かし、小田氏より四国情勢の調停に訪れたことを告げる。一方、その隣に控える男は静かに一礼した。
「私は住吉晴賢。那須殿の案内役にございます。」
陶晴賢はあえて正体を伏せたまま、その場では一介の案内人として振る舞う。
香川は口を開いた。
「遠路よく参られた。まず礼を申し上げたい。近年、長宗我部の越境は年々激しくなっておる。」
安宅も続く。
「誘いも絶えぬ。『共に四国を治めよう』などと甘い言葉をかけてくるが、あれを信じれば最後は飲み込まれるだけよ。」
十河は地図を広げた。
「それでも、ここ数年は決定的な侵攻には至っておらぬ。」
そう言って松永久秀へ視線を向ける。
「それも松永殿が淡路より兵糧を送り、水軍で海を押さえてくださるおかげだ。礼を申す。」
久秀は扇を閉じ、穏やかに笑った。
「皆様が国境を守り続けたからこそです。私は海を守っただけに過ぎませぬ。」
しばし沈黙が流れる。
やがて松永久秀は静かに口を開いた。
「……そこで、一つお願いがございます。」
三人の視線が集まる。
「長宗我部は今、越境を繰り返しては揺さぶりをかけ、各家を切り崩そうとしております。このままでは、四国は互いを疑い合い、やがて内から崩れましょう。」
彼は地図の国境を指先でなぞった。
「しかし大軍を動かせば、『小田が四国へ攻め込んだ』と長宗我部に口実を与えるだけ。」
そこで静かに笑う。
「ゆえに、こちらから先遣隊を出したい。」
香川が眉をひそめた。
「先遣隊だけで止められるのか。」
「勝つためではありませぬ。」
久秀は即座に答えた。
「越境してきた者だけを討ち払い、国境を静める。それだけで十分なのです。」
そして三将を見渡した。
「お願いしたいのは、皆様より兵と旗を少々お貸しいただくこと。」
場が静まり返る。
「私だけが戦えば、『松永が勝手に始めた戦』となる。しかし香川殿、安宅殿、十河殿の旗が並べば、それは旧三好家が一致して四国を守ったという証になります。」
安宅は腕を組んだ。
「どれほど貸せばよい。」
「各家二、三百。精鋭のみで結構。指揮は私が執ります。」
十河がさらに尋ねる。
「勝った後はどうする。」
「追いませぬ。」
久秀は首を横に振った。
「国境まで押し返せば止まる。領土は求めぬ。長宗我部に『越境しても何も得られぬ』と思わせることが目的です。」
香川はしばらく考え、静かに頷いた。
「……理にかなっておる。」
安宅も笑う。
「我らの旗も立つなら、家中にも説明がつく。」
十河も深く頷いた。
「よかろう。兵を貸そう。」
三将の返答を聞いた久秀は満足げに笑った。
「忝ない。……とは申せ、皆様の兵だけを危険へ送り出すほど、私も恥知らずではありませぬ。」
その笑みには、どこか戦場を知る者だけの重みがあった。
「もちろん、**私も淡路より兵を出します。**水軍も船も、兵糧も私が用意いたしましょう。皆様の兵は、私の兵とともに戦います。」
香川は思わず笑みを漏らした。
「それならば安心だ。」
松永は肩をすくめる。
「危ない役目ですからな。人にだけ押しつければ、次から誰も私の話など聞いてくれませぬ。」
安宅は豪快に笑った。
「違いない。だからこそ、おぬしには兵を預けられる。」
十河も続く。
「無理だけはするな。相手は長宗我部ぞ。」
久秀は扇を静かに閉じた。
「ええ。勝ちに行く戦ではありませぬ。越境を止め、こちらの結束を見せる戦です。」
それまで黙って聞いていた住吉晴賢が、初めて言葉を発した。
「戦は勝つことより、終わらせ方が難しい。」
その一言に全員が耳を傾ける。
「松永殿の策ならば、長宗我部へ痛みを与えつつ、四国の均衡は崩れない。兵を貸す者も、率いる者も同じ危険を負う。だからこそ、人は従います。」
那須資忠も深く頷いた。
「まず越境を止める。それで十分です。一条様を迎える土台は、その後に築けばよい。」
三将は互いに顔を見合わせ、大きく頷いた。
こうして旧三好家の諸将は兵と旗を松永久秀へ預け、久秀自身も淡路の兵と水軍を率いて加わることを誓う。
その日、讃岐で生まれた小さな連合軍は、領土を奪うためではなく、四国の均衡を守るために剣を抜くことを決めたのであった。




