金毘羅に届く風聞
夏の日差しが瀬戸内を照らしていた。
那須資忠と陶末晴は小舟を降り、讃岐の地を踏む。
二人の懐には河内国主・篠原長房が認めた紹介状が収められていた。
まず二人が向かったのは、海の守り神として名高い金毘羅の寺院である。
「ここならば、旅人も船乗りも集まる。」
「天下の風聞を聞くには最もよい場所でしょう。」
陶の言葉に、那須は静かに頷いた。
寺では篠原の紹介状を見た住職が丁重に二人を迎え入れた。
「河内の篠原殿のご紹介でございましたか。」
「どうぞごゆるりとお過ごしくだされ。」
夕刻。
読経を終えた住職は、旅人たちとともに夕餉を囲みながら語り始めた。
「お二人は畿内より参られたのでしたな。」
「それでは、この吉報も耳にされましたかな。」
那須は首を横に振る。
「いえ、船旅を急ぎましたゆえ。」
住職は嬉しそうに頷いた。
「では、お伝えしましょう。」
「頼光公の再来とまで称えられる佐野昌綱殿が、故将軍足利義輝公の妹君・千陽様と住吉大社にて婚儀を挙げられました。」
その場にいた旅人たちも次々とうなずく。
「聞いた聞いた。」
「畿内中から祝いの使者が集まったそうじゃ。」
「戦が終わって初めて都中が笑顔になったという。」
「寺社も商人も武家も皆祝い申したとか。」
住職は感慨深げに続けた。
「佐野殿は戦では鬼神。」
「されど勝てば敵味方なく救い、寺社を復興し、町を栄えさせる。」
「今では坂東武者というより、源頼光公の再来と語る者も少なくありませぬ。」
那須は静かに盃を置いた。
「……佐野様らしい。」
陶は小さく笑う。
「本人が聞けば困った顔をするでしょうな。」
「英雄などと呼ばれることを、最も嫌うお方です。」
「ははは。」
住職は笑いながら頷いた。
「確かにそのようなお人柄と聞きます。」
「されど世は英雄を欲します。」
「しかも将軍家の姫君を迎えられたことで、人々は新しい世が始まると期待しておるのでしょう。」
那須は障子の向こう、夜の讃岐の空を見上げた。
畿内はもう安心だ。
佐野昌綱がいる。
ならば、自分の務めは一つ。
四国に、新たな均衡を築くこと。
「陶殿。」
「明日は河野殿のもとへ参りましょう。」
陶は静かに頷いた。
「ああ。」
「今度は我らが、西国の未来を動かす番だ。」
金毘羅の鐘が、静かな夜の山々へと響き渡った。




