二振りの餞別
四月。
那須と住吉晴賢――かつての陶晴賢――が四国への旅立ちを迎えたその朝、佐野は二人を伊丹城の鍛冶場へ招いた。
そこには、一色藤長と刀鍛冶たちが静かに待っていた。
鍛冶頭が恭しく二つの太刀箱を差し出す。
「殿。」
「正月より鍛えておりました二振り、ただ今完成いたしました。」
佐野はゆっくりと箱を開く。
白鞘に納められた二振りの刀が朝日に鈍く輝いた。
「摂津で初めて打ち上げた刀だ。」
「まだ試作ではあるが、お前たちに託したい。」
まず佐野は細身の一振りを手に取った。
反りは浅く、無駄のない姿。
柄は黒鮫に濃紺の柄巻き、鍔は実用本位の丸鉄鍔。
飾り気はない。
「那須。」
那須は静かに受け取る。
抜けば澄んだ音が鍛冶場に響いた。
「軽い……。」
「遍路の旅だ。」
佐野は笑う。
「長く腰に差しても疲れず、山道でも邪魔にならんよう造らせた。」
那須は何度か振り、ゆっくり納刀した。
「さすが佐野だ。」
「俺のことをよく分かっている。」
佐野も笑みを返す。
「学友だからな。」
二人は思わず笑い合った。
続いて佐野はもう一つの箱を開く。
こちらはやや長く、重ねも厚い。
黒漆塗りの鞘に、金具は控えめながら気品がある。
柄巻きは深い茶。
戦場を知る武将にふさわしい重厚な拵えだった。
「住吉殿。」
陶は静かに受け取る。
ゆっくりと抜き放つ。
刃文を見た瞬間、小さく目を見開いた。
「見事です。」
「よく斬れそうな刀だ。」
佐野は頷いた。
「西国を歩くあなたには、このくらいの風格が似合う。」
陶は刀身を眺めながら苦笑した。
「……まったく。」
「畿内でもそうでした。」
「人を動かすだけでは飽き足らず、最後にはこうして形に残る物まで用意してしまう。」
「実に佐野殿らしい。」
広間に小さな笑いが広がる。
佐野は肩をすくめた。
「餞別だ。」
「受け取ってくれ。」
陶は深く一礼する。
「ありがたく。」
「住吉晴賢として、この刀を預かります。」
「そして再び陶晴賢を名乗る日には、この刀と共に帰って参ります。」
「約束です。」
佐野は力強く頷いた。
その時、那須が笑いながら口を開いた。
「そんなにしんみりするな。」
皆が那須を見る。
「永遠の別れじゃあるまい。」
「四国を見て、酒の肴を持って帰るだけだ。」
佐野は吹き出した。
「違いない。」
「鹿島もその頃には博多から戻っているだろう。」
「また三人で酒を飲もう。」
那須は刀を腰へ差す。
「その時まで、この刀は預かっておく。」
陶も静かに腰へ帯びた。
「では参りましょう。」
春風が吹き、桜が舞う。
摂津で生まれた最初の二振りの刀は、それぞれ新たな主とともに四国への道を歩み始めた。
それは単なる餞別ではない。
佐野が託した「必ず帰る」という約束そのものであった。




