鹿島、四国を語る
四月、伊丹城。
四国より戻った鹿島政清は、旅装のまま軍議へ姿を現した。
佐野をはじめ、松永久秀、篠原長房、下間頼廉、一色藤長らが席に着く。
佐野は笑みを浮かべた。
「ご苦労だった、鹿島。」
「久しぶりだな。」
兵学館以来の学友らしく、堅苦しい挨拶はない。
佐野は手で地図を示した。
「まずは四国を見た感想を聞かせてくれ。」
鹿島は四国の絵図を広げると、港や街道へ次々と印を付けていった。
「戦より先に、商いの話をします。」
その言葉に皆が耳を傾ける。
「四国は思っていた以上に豊かな土地です。阿波は藍、讃岐は塩、伊予は港と海運、土佐は山林と海産物。それぞれ他国にはない強みを持っています。」
さらに海路を指でなぞる。
「何より温暖です。」
「坂東では育たぬ作物が多い。南方との交易も盛んで、珍しい品が自然と集まります。」
佐野が尋ねる。
「例えば。」
「甘味です。」
広間が少しざわついた。
「坂東では蜂蜜や芋蜜が甘味の主でございます。砂糖は琉球やルソン、シャムなど遠い南方から運ばれるため、高価で量も限られます。」
鹿島はゆっくりと続ける。
「しかし四国は違います。南海交易に近く、砂糖やサトウキビを扱う商人も少なくありません。堺を経て坂東へ運ぶより、四国を中継した方が近く、費用も抑えられます。」
一色が頷いた。
「確かに海路は短くなりますな。」
鹿島は笑う。
「そして今の坂東には、それを欲するだけの力があります。」
佐野は静かに耳を傾ける。
「街道が整い、港が栄え、商いが広がりました。民は腹を満たすだけでは満足しません。茶を楽しみ、菓子を求め、祝いの日には甘い物を口にしたいと願う者が増えております。」
松永久秀が感心したように頷いた。
「文化が育った証ということですな。」
「はい。」
鹿島は力強く答えた。
「甘味だけではありません。四国には坂東にない物が多く、坂東には四国にない物があります。」
地図の東国を指差す。
「坂東には馬がおります。鉄があります。武具があります。優れた職人もおります。」
続いて四国へ指を移す。
「四国には温暖な気候があり、海産物があり、南方交易の利があります。」
鹿島は断言した。
「互いに争うより、交易した方が遥かに豊かになります。」
広間は静まり返った。
佐野は静かに頷く。
「四国は敵ではなく、商いの相手か。」
「私はそう感じました。」
しばらく沈黙が流れる。
やがて佐野が問いかける。
「長宗我部元親という男はどうだった。」
鹿島は少し考えてから口を開いた。
「最初は豪胆な武辺者かと思っていました。」
しかし、と首を横に振る。
「違いました。」
「人の話を最後まで聞く男です。」
「商人だからと軽んじることもありません。利益があれば耳を貸し、不利益があれば理由を尋ねる。」
松永久秀も興味深そうに身を乗り出した。
「欲深いか。」
「欲はあります。」
鹿島は即答した。
「ですが私欲ではありません。」
「国を富ませることへの欲です。」
広間が静まり返る。
「戦で勝つことだけを考える武将ではありません。領民を富ませ、その力で国を強くしようとしております。」
佐野は腕を組んだ。
「民の評判は。」
「悪くありません。」
鹿島は答えた。
「厳しい男ではあります。しかし理不尽ではない。だから家臣も民も従っております。」
最後に鹿島は佐野を真っ直ぐ見た。
「長宗我部元親は侮ってはならぬ相手です。」
「ですが、敵に回さず、商いを結ぶことができるならば、これほど頼もしい隣人もまたおりません。」
佐野は四国の絵図へ静かに視線を落とした。
「なるほど……。」
その一言には、四国を見る目が変わったことが滲んでいた。
征服ではなく共存。
その新たな道筋が、鹿島の報告によって初めて伊丹城の軍議に示されたのである。




