伊丹軍議 ― 松永久秀の見立て
同じく二月。
佐野の招きを受け、淡路より松永久秀が伊丹城へ到着した。
軍議には河内を治める篠原長房、和泉を預かる下間頼廉も参集し、佐野、一色藤長、那須資忠、鹿島政清を加えた面々が広間に顔を揃える。
佐野は開口一番、松永へ問いかけた。
「久秀殿。四国はどう見られますか。」
松永は広げられた四国の絵図を眺めると、ゆっくりと口を開いた。
「まず申せることは一つ。」
「三好は敗れましたが、滅んではおりませぬ。」
一同は静かに耳を傾ける。
「畿内から追われた際、失ったのは将です。」
「長逸殿は討たれ、政長殿も飯盛山で討死。岩成殿も降りました。」
「しかし兵は違います。」
松永は阿波を指差した。
「佐野殿が降伏兵を討たず、船と食を与えて帰したことで、三好の兵はその多くが故郷へ戻りました。」
「今、阿波ではその兵らが再び集まり始めております。」
さらに土佐へ指を移す。
「対する長宗我部元親もまた、四国統一を狙い兵を集めております。」
「いずれ阿波か讃岐にて、大きな決戦となりましょう。」
篠原長房が腕を組む。
「つまり、互いに兵を蓄えていると。」
「左様。」
松永は頷いた。
「そして伊予の河野は、それを見て毛利へ助けを求める動きを見せております。」
「毛利が動けば、瀬戸内全体が戦場となるやもしれませぬ。」
広間に重い空気が流れた。
しかし松永は表情を変え、今度は海図を広げる。
「とは申せ、海はそう簡単ではありませぬ。」
松永は淡路海峡を指差した。
「三好三人衆が瓦解した折、三好水軍の多くは私の麾下へ下りました。」
「さらに紀伊水軍も佐野殿へ味方しております。」
下間頼廉も静かに頷く。
「和泉・紀伊の海は、もはや我らの手中にございます。」
松永は笑みを浮かべる。
「ゆえに四国から紀伊へ渡るには、まず私の海を越えねばならぬ。」
「私が認めぬ限り、大軍が紀伊へ渡ることはまず叶いますまい。」
鹿島政清が感心したように呟く。
「淡路一国とはいえ、海峡を押さえる意味は大きいということか。」
「その通り。」
松永はしかし、すぐに表情を引き締めた。
「ですが、瀬戸内は別です。」
指先は西へ移る。
「村上水軍。」
「児島水軍。」
「なお健在。」
「もし毛利が本格的に動けば、彼らもまた海へ出ましょう。」
「その時は、水軍同士の戦いは容易に決着いたしませぬ。」
「互いに海を知り尽くした者同士。」
「こちらが制海権を握る保証はありません。」
佐野は静かに頷いた。
「つまり。」
「紀伊への侵攻は防げる。」
「だが瀬戸内そのものを制するには、なお力不足ということか。」
「左様にございます。」
松永は深く一礼した。
「ゆえに今は海で無理に争うより、淡路を堅め、四国の情勢を見極めるのが上策と存じます。」
軍議の席では誰も軽々しく開戦を口にしなかった。
四国は今まさに動き始めている。
しかし、その渦へ飛び込むには、まだ時が熟していなかった。




