四国動乱の兆し
畿内にようやく静けさが戻った頃、その余波は海を越え、四国へと押し寄せていた。
摂津・河内・和泉を失った三好方は、阿波への退却を余儀なくされる。
しかし、それは滅亡ではなかった。
佐野昌綱は三好三人衆こそ討ち、首謀者を失脚させたものの、降伏した将兵まで無益に討つことはしなかった。
「故郷へ帰る者には船と食を与えよ。」
その命により、多くの兵は再び四国へ渡っていった。
彼らを迎えたのは、なお三好家への忠誠を守る安宅氏、十河氏、香川氏らであった。
畿内を失った今、彼らは四国こそ三好家再興の地と定め、兵をまとめ始める。
一方、その隙を見逃さなかったのが土佐の長宗我部元親である。
元親は土佐統一をほぼ成し遂げると、阿波、讃岐、伊予へと勢力を伸ばし始めた。
四国は再び揺れる。
阿波では旧三好勢と長宗我部勢がぶつかり、
讃岐では十河・香川が国境を守り、
伊予では河野氏が土佐勢を警戒し、
幡多では一条氏が両勢力の狭間で領国を守るため奔走した。
どの戦も数百から千ほどの兵による局地戦であった。
だが、それは四国全土で絶え間なく繰り返される。
勝者なき小戦。
昨日まで味方であった者が、明日には敵となる。
畿内の戦乱が終息へ向かう一方、その炎は四国へ燃え移っていたのである。
そんな折、伊丹城へ一人の使者が到着した。
名は藤原。
土佐幡多、一条家の使者であった。
大広間へ通されると、使者は深々と頭を下げる。
「幡多一条家当主、一条兼定様より書状をお預かりしております。」
一色藤長が封を解き、佐野へ差し出す。
そこには切々たる願いが記されていた。
長宗我部の勢いは日に日に増し、旧三好勢との争いも激しさを増していること。
一条家だけでは幡多を守り切ることが難しくなってきたこと。
そして何より、
『同じ藤原の流れを汲み、朝廷と公家を支え、畿内に大功を立てられた佐野様のお力添えを賜りたく候。』
と結ばれていた。
佐野は静かに書状を閉じた。
「……助けたい。」
その言葉に、一同は黙って頷く。
しかし篠原長房が口を開いた。
「殿。」
「摂津はようやく治まりましたが、まだ国づくりは始まったばかりです。」
「河内、和泉も安定には時を要します。」
一色藤長も続ける。
「今、殿が四国へ渡れば、畿内は再び揺らぎましょう。」
佐野は目を閉じた。
そのことは誰より自分が理解している。
やがて静かに顔を上げる。
「……氏治様を頼ろう。」
一色が頷く。
「坂東でございますか。」
「ああ。」
「兵を率いて渡ることはできぬ。」
「だが、小田本家なら客将を送ることができる。」
佐野は筆を取り、一通の書状を書き始めた。
«「一条家より救援の願いが参りました。
私も赴きたく存じますが、摂津・河内・和泉の政はなお安定の途上にあり、国を空けることができません。
誠に恐れながら、氏治様のお力をお借りしたく存じます。」»
書き終えると、封を閉じる。
「急使を坂東へ。」
「四国を救えるのは、今は氏治様しかおられぬ。」
使者は深く頭を下げる。
その書状は冬の東海道を駆け、坂東へ向かった。
やがてこの一通の願いが、小田家と一条家、そして四国の未来を大きく動かすことになるとは、この時まだ誰も知らなかった。




