永禄九年正月 摂津評定 ― 伊丹、国づくりの始まり
永禄九年正月。
新年を迎えた伊丹城大広間には、摂津を支える諸将が顔を揃えていた。
佐野昌綱を上座に、一色藤長、篠原長房、北畠具教、下間頼廉、真壁幹久、少弐冬尚、陶末晴、空蝉、今井宗及らが静かに並ぶ。
佐野は一同を見回し、ゆっくりと口を開いた。
「河内の戦も終わった。」
「今年より摂津は守る国ではない。育てる国となる。」
大広間は静まり返る。
「まず軍備について申し渡す。」
佐野は篠原長房へ視線を向けた。
「篠原。」
「はっ。」
「城下に鍛冶町を設けよ。」
「工房、住まい、炭置場、水場まで整え、職人が家族と安心して暮らせる町とせよ。」
「承知いたしました。」
「だが、鍛冶町を造るだけでは足りぬ。」
佐野は続ける。
「備前、山城、大和、敦賀、坂東、そして摂津・河内・和泉の鍛冶を集めよ。」
「流派の優劣を競わせるのではない。」
「摂津の戦に最も適した実戦刀を生み出すのだ。」
篠原は深く一礼した。
「必ずや成し遂げます。」
続いて一色藤長へ命じる。
「一色。」
「はっ。」
「備前長船へ使者を送り、刀工集団の誘致を願え。」
「刀工だけではない。弟子、研師、鞘師、白銀師まで工房ごと迎える。」
「さらに吉田兄弟の縁を頼り山城へ。」
「空蝉殿の気比分社の縁で敦賀へ。」
「順慶殿には大和の鍛冶や金工を。」
「本願寺を通じ、大和、三河、越前、越中より門徒の鍛冶も募る。」
下間頼廉が静かに合掌した。
「門徒の中にも優れた鍛冶は少なくありませぬ。責任をもって探しましょう。」
佐野は満足そうに頷く。
「坂東にも使者を出す。」
「氏治様へお願いし、土浦の甲冑師、鍛冶、鉄工を送っていただく。」
「さらに北条殿へも文を送り、相州伝の刀工との技術交流を願い出よ。」
「天下の技を伊丹へ集める。」
諸将から感嘆の声が漏れた。
佐野は続ける。
「甲冑は坂東式でよい。」
「すでに戦で証明された。」
「土浦の甲冑師を招き、そのまま忠実に作らせよ。」
「刀のみ、この地で新たな完成形を探す。」
一色は筆を止めることなく書き続ける。
「鉄砲についてだ。」
「鉄砲は堺より買い入れる。」
「無理に同じ物を造る必要はない。」
「伊丹では修繕、調整、部品交換を行い、常に戦える状態を保つ。」
今井宗及が静かに頭を下げた。
「堺商人へ手配いたします。」
「軍馬は量を求めぬ。」
「良馬は将兵、伝令、偵察に優先して用いる。」
「馬産は坂東に任せ、この国では大切に育てよ。」
ここで佐野は軍議から政務へと話を移した。
「最後に産業だ。」
今井宗及が一歩前へ出る。
「摂津は古くより酒造りの地。」
「これをさらに盛んにする。」
「米は播磨、丹波、近江、坂東など諸国より買い入れ、酒蔵を建てよ。」
「杜氏には資金を貸し、良酒を競わせる。」
宗及は静かに笑う。
「流通はお任せください。」
佐野は頷く。
「吉田兄弟には京の寺社を。」
「順慶殿には大和の寺社を。」
「住吉大社の御縁で摂津・和泉の社を。」
「本願寺にも門徒の集う折には酒を納める。」
「祭礼、法会、茶会。」
「畿内の寺社すべてを相手に商いをする。」
宗及は深く一礼した。
「伊丹の酒を畿内一円へ広めてご覧に入れます。」
佐野は最後に立ち上がった。
「武具は国を守る。」
「酒は国を富ませる。」
「戦に勝つだけでは天下は治まらぬ。」
「人が集まり、職人が育ち、商人が行き交う国を築いてこそ、真に強い国となる。」
「今年、摂津は天下一の軍都であり、天下一の商都を目指す。」
その言葉に居並ぶ一同は一斉に平伏した。
新年最初の評定は、戦の策ではなく、百年先を見据えた国づくりの始まりとして、伊丹城の歴史に深く刻まれることとなった。




