新たな年
高屋市街戦ののち、佐野軍は兵を休ませた。
しかし、戦が終わったからといって疲労がすぐに癒えるわけではない。
三好との長き戦乱に始まり、飯盛山、伊丹、高屋と戦い続けた兵たちの顔には、なお疲労の色が濃く残っていた。
そのため佐野は大きな軍事行動を慎み、各地の復旧と領国経営を優先する。
冬の間、伊丹城では普請が進められた。
本丸は大きく改装され、その一角には足利義輝の妹・千陽のための御殿が新たに設けられる。
「千陽御所」と呼ばれたその住まいは華美ではないが、庭には義輝が愛した松と、空蝉が植えた紫陽花が添えられていた。
また、城下には敦賀気比神社の御分霊を迎えた気比摂津神社が建立される。
神主となった空蝉は敦賀へ書状を送り、気比神社に残る親族や神職を摂津へ迎え入れた。
新たな神社には日々多くの人々が参拝し、戦乱を生き延びた者たちは平穏への祈りを捧げる。
佐野もまた、敦賀で授かった愛刀を神前へ奉納した。
「この一振りには幾度となく命を救われた。」
静かに頭を下げる佐野へ、空蝉は穏やかに微笑む。
「この太刀は役目を果たしました。これよりは、この摂津の地を見守る御神宝となりましょう。」
やがて年の瀬が近づくと、佐野は供を連れて住吉大社へ赴いた。
戦勝の報告と感謝を捧げるとともに、堺や和泉の有力者とも面会し、新年以降の街道や海路の整備、交易について細かな調整を重ねる。
戦に勝つだけでは国は治まらない。
そのことを誰より理解していたからである。
そして雪の残る元日。
伊丹城には諸将や家臣が集まり、新年の賀が交わされた。
こうして永禄九年は、戦ではなく復興と統治から静かに幕を開けるのであった。




