西国よりの祝使
畠山を高屋市街戦で討ち取ると、戦いは速やかに収束した。
河内はほどなく平定され、篠原長房は諸城を接収し、下間頼廉は町々の鎮撫と救護にあたり、松永久秀は街道と城々の守りを固める。
こうして山城、摂津、河内、和泉の四国は、一つの戦乱を乗り越えて安定を取り戻した。
その報は、畿内のみならず西国へも瞬く間に伝わる。
畠山方もまた最後の望みとして、播磨・丹波の諸勢力へ檄文を送り、「佐野打倒」の兵を募っていた。
しかし、その檄文よりも早く届いたのは、高屋での勝利であった。
永禄八年十月末。
伊丹城へ、二組の使者が相前後して到着する。
一組は播磨より。
もう一組は丹波よりであった。
応接の間には佐野昌綱をはじめ、一色藤長、北畠具教、篠原長房、松永久秀らが並ぶ。
播磨の使者は深く一礼した。
「河内平定、まことにお見事にございます。」
「わずかな年月で山城を安んじ、さらに摂津、河内、和泉を治められた手腕、西国にも大いに聞こえております。」
続いて丹波の使者も頭を垂れる。
「畠山殿より檄文も届きました。しかし、その檄文を読む頃には、すでに討死の報が届いておりました。」
「もはや貴殿の力を認めぬ者はおりますまい。」
二人は顔を見合わせると、それぞれ祝いの品を差し出した。
「これはささやかながら戦勝祝いにございます。」
「また、今後は互いに争うことなく、西国と畿内の安寧のため力を尽くしたく存じます。」
佐野は静かに頷いた。
「祝い、ありがたく受けよう。」
「我らもまた無益な争いは望まぬ。国境を守り、人々が安心して往来できる世を築くことこそ本意である。」
その言葉に、播磨と丹波の使者は深く頭を下げた。
こうして西国の諸将は、佐野昌綱を単なる一武将ではなく、畿内を預かる一国の主として認め始める。
高屋市街戦の勝利は、一つの戦の終結に留まらず、西国諸勢力との新たな外交の幕開けでもあった。




