十月の夜襲
永禄八年十月、夜半。
秋の夜は深く、高屋の町は闇に沈んでいた。
松明の炎だけが街路を赤く照らし、風に揺れる火が折れた槍や倒れた旗を映し出す。
昼から続いた戦で、兵は誰もが疲弊していた。
しかし、佐野昌綱はなお鎧を解かなかった。
本陣へ戻った諸将を前に、静かに口を開く。
「敵は疲れている。」
「だが、それは我らも同じだ。」
佐野は絵図ではなく、町の方角を見つめた。
「だからこそ、夜は動かぬと思っている。」
松永久秀が薄く笑う。
「ならば、その思い込みを利用いたしますか。」
佐野は頷いた。
「敵を討ち尽くす必要はない。」
「畠山殿へ、この戦は終わったと思わせればよい。」
篠原長房が尋ねる。
「狙いは本陣ですな。」
「そうだ。」
佐野は即座に答えた。
「本陣だけを崩す。」
「敵将が退けば、この軍は瓦解する。」
やがて夜半。
秋風に雲が流れ、月が姿を現した。
白い月明かりが高屋の町を淡く照らす。
その静寂の中、抜刀隊は音もなく歩き始めた。
鎧の緒には布が巻かれ、草鞋にも縄が巻かれている。
誰一人として声を上げない。
佐野は先頭に立ち、細い裏道を進む。
案内するのは河内の地理に通じた篠原の兵だった。
「この先が畠山本陣にございます。」
佐野は一度だけ頷く。
「……行くぞ。」
次の瞬間、太刀が月光を受けて閃いた。
見張りの兵は声を上げる間もなく倒れる。
抜刀隊は一気に本陣へ雪崩れ込んだ。
「敵襲!」
「佐野だ!」
ようやく響いた叫び声に、本陣は大混乱となる。
外では松永久秀がその声を聞き、静かに軍配を上げた。
「今だ。」
伏せていた兵が四方から鬨の声を上げる。
「えい、えい、おう!」
夜の高屋に何倍もの軍勢がいるように声が反響した。
畠山軍は包囲されたと錯覚し、各所で混乱が広がる。
さらに下間頼廉は鉄砲を撃たせず、法螺貝だけを鳴らした。
低く響く音が夜空を震わせ、兵たちの恐怖をさらに煽る。
篠原長房は逃げ道だけは閉ざさず、秩序を失った敵を一定の方向へ誘導していく。
すべては軍議どおりだった。
秋の夜風は冷たく、高屋の町を吹き抜ける。
その風に乗って、畠山軍の統率は少しずつ、しかし確実に崩れ始めていた。




