十月の宵、包囲崩る
永禄八年十月、宵の口。
西の空から夕日は消え、河内は薄紫の夕闇に包まれ始めていた。
秋の冷たい風が高屋の町を吹き抜け、法螺貝の音だけが遠くまで響く。
畠山軍はようやく状況を悟った。
前には佐野昌綱。
左右には篠原長房。
退路には松永久秀。
さらに町の各所では下間頼廉の鉄砲隊がなおも街道を押さえている。
「囲まれた……。」
その一言が軍中を駆け巡った。
しかし畠山方も歴戦の将である。
一人の老将が馬を進め、大声で兵を励ました。
「慌てるな!」
「久秀勢を破れば道は開く!」
「全軍、街道へ向かえ!」
鬨の声とともに数百の兵が高屋城への街道へ殺到する。
久秀は静かにその様子を見つめていた。
「……来たか。」
軍配を一度だけ振る。
「撃て。」
乾いた銃声が秋の夜空へ響いた。
街道の左右へ伏せていた鉄砲隊が一斉に火を吹く。
先頭の兵が次々と倒れ、後続は折り重なるように止まった。
そこへ槍隊が静かに前へ出る。
「押し返せ。」
久秀は決して追撃を命じない。
敵を街道へ入れず、市街へ押し戻すことだけを命じた。
押し返された畠山軍は再び町へ雪崩れ込む。
その瞬間だった。
「今ぞ!」
佐野昌綱が太刀を振り下ろす。
抜刀隊が再び敵中へ飛び込んだ。
敵は前も後ろも敵となり、槍を振るう場所さえ失う。
町中では篠原長房も機を見逃さなかった。
「包囲を狭めよ!」
伏兵が路地から次々と姿を現し、敵をさらに狭い区画へ押し込めていく。
下間頼廉も兵へ命じた。
「負傷者を下げよ。」
「無理に追うな。」
「撃てる者だけを撃て。」
戦場は混乱していたが、小田・佐野方の兵は乱れない。
それぞれが軍議で与えられた役目だけを忠実に果たしていた。
やがて畠山方の本陣でも動揺が広がる。
「援軍は!」
「高屋城はまだ持つのか!」
返ってくるのは首を横に振る者ばかりだった。
秋の夜は急速に深まり、町には松明の灯が増えていく。
赤い炎に照らされた高屋の市街で、勝敗は静かに、しかし確実に佐野方へと傾き始めていた。




