夕紅の反転
永禄八年十月、夕刻。
秋の夕日は河内の山並みを赤く染め、高屋の町は紅葉と戦火が入り混じる景色となっていた。
冷え始めた風が戦場を吹き抜ける。
その風に乗るように、佐野昌綱は太刀を高く掲げた。
「返せ!」
短い号令だった。
それまで後退を続けていた抜刀隊は、一斉に反転する。
「おおっ!」
疲れ切っていたはずの兵が、怒涛の勢いで畠山軍へ斬り込んだ。
完全に勝ったと思い込んでいた畠山軍は虚を突かれる。
「なっ……!」
「佐野が戻ってきた!」
狭い街路では長槍を並べる暇もない。
抜刀隊は一人ひとりが間合いへ飛び込み、敵陣を切り裂いていく。
その瞬間、下間頼廉も静かに右手を上げた。
「今です。」
待機していた鉄砲隊が一斉に前へ出る。
「放て!」
轟音が夕暮れの町へ響いた。
火縄の火が赤く揺れ、弾丸が畠山軍の密集した隊列へ吸い込まれる。
敵がたじろいだところへ弓隊が矢を浴びせた。
「障害を外すな!」
「退路だけを開けるな!」
頼廉の兵は荷車をさらに積み重ね、敵を狭い通りへ押し込めていく。
その頃、町の北側では篠原長房が静かに槍を構えていた。
「動くぞ。」
待ち続けていた守備隊が、一斉に横町から現れる。
裏道を押さえていた兵はそのまま敵の側面へ回り込み、退路を探す兵を次々と押し返した。
「町から出すな!」
篠原は自ら先頭へ立ち、逃げようとする敵を槍衾で受け止める。
畠山軍はようやく異変に気付いた。
「退け!」
「高屋城まで戻る!」
だが、伝令が悲鳴を上げる。
「街道が!」
「街道が塞がれております!」
将たちは顔色を失った。
「誰だ!」
「誰が道を塞いだ!」
その答えは、すぐに聞こえた。
町の外から響く法螺貝。
そして秋風に乗って翻る、一枚の旗。
梟を描いた松永久秀の旗印だった。
高屋城への街道はすでに槍で埋め尽くされ、鉄砲隊が静かに照準を合わせている。
久秀は夕日に染まる戦場を眺め、小さく呟いた。
「囲いは閉じた。」
「さて……ここからが狩りの時間だ。」
夕暮れの高屋。
紅葉が風に舞う中、畠山軍は初めて、自らが包囲されていることを悟った。




