第三十五章 黄昏の伏兵
永禄八年十月。
秋の日は短い。
高屋の町を照らしていた陽は西へ傾き始め、紅葉した木々の影が長く街道へ伸びていた。
戦は朝より続き、すでに夕刻が近づいている。
町中には火薬の匂いが立ち込め、折れた槍と倒れた旗が風に揺れていた。
畠山軍はなおも前進を続ける。
「佐野勢は限界だ!」
「あと一押しで町は落ちる!」
勝利を確信した諸将は、高らかに鬨の声を上げた。
佐野昌綱は抜刀隊を率いながら静かに後退する。
その歩みは乱れず、焦りもない。
敵には敗走に見えたが、味方には命令どおりの撤退であることが分かっていた。
「頃合いだ。」
佐野は小さく呟く。
法螺貝が一声、秋空へ響いた。
それは軍議で定められた合図だった。
その音は町外れの林にも届く。
松永久秀はゆっくりと馬へ跨がる。
夕日に照らされた具足が赤く輝いた。
「全軍、進め。」
静かな命令だった。
しかし次の瞬間、林が揺れた。
伏せていた兵が一斉に姿を現す。
槍隊、鉄砲隊、騎馬武者。
誰一人として声を上げない。
ただ高屋城へ続く街道へ向け、一気に進軍を始めた。
先頭を行く久秀は前方を見据えたまま言う。
「敵は町に夢中だ。」
「後ろを振り返る者はおるまい。」
やがて先陣の斥候が叫ぶ。
「高屋城への街道、確保!」
「敵の後方に出ました!」
久秀は静かに軍配を振った。
「街道を塞げ。」
「一本たりとも逃がすな。」
兵たちは道を横切るように陣を敷き、槍を並べ、鉄砲を据える。
退路は、静かに閉ざされた。
その頃、市街では畠山軍がさらに前進を続けていた。
一人の伝令が血相を変えて駆け込む。
「申し上げます!」
「松永久秀勢!」
「高屋城への街道を押さえました!」
その報に、畠山方の諸将は一瞬言葉を失う。
「……何だと。」
勝利の歓声は、秋の夕暮れの中で静まり返った。
その静寂を破るように、町の奥から佐野昌綱の軍配が高く掲げられる。
「——総攻めだ。」
その一声とともに、退いていた抜刀隊が一斉に反転した。
夕日に染まる高屋の町で、決戦の幕が切って落とされた。




