九月・住吉大社への奉納
秋風が摂津の海を渡る九月――。
伊丹城への入城を終えた佐野昌綱は、戦勝の報告と新たな領国の安寧を祈るため、一行を率いて住吉大社へ向かった。住吉大社は古来より摂津国一之宮として海上守護・航海安全の神として篤く信仰される大社であり、畿内を治める者にとっても特別な意味を持つ社であった。
供を務めるのは北畠具教、一色藤長、今井宗及、空蝉、そして妙である。
社前へ進んだ佐野は深く頭を垂れ、静かに祝詞を奉じた。
「このたび幾多の戦を経て摂津を賜りました。されどこれは我が武威ではなく、神仏と祖先、そして命を賭して戦った者たちのお導きによるもの。まずは勝ちを誇るのではなく、その御恩に報いるため参上いたしました。」
そう言うと、家臣が白木の箱を運び出す。
中に納められていたのは、磨き上げられた一振りの太刀であった。
宗及が思わず目を細める。
「……金銀でも南蛮渡来の品でもなく、刀とは。」
佐野は穏やかに答える。
「武士が神へ捧げるに、もっとも相応しきは命を預ける剣にございましょう。」
神職たちは静かにうなずき、その太刀を神前へ奉納した。
拝礼を終えた佐野は、あらためて神職へ願い出る。
「もう一つ、お伺い申し上げたき儀がございます。」
「何なりと。」
「私は先日、越前敦賀にて気比大神の御加護を賜りました。その御縁を忘れぬため、摂津にも敦賀気比神社の御分霊を勧請し、小さくとも末永く祀りとうございます。」
境内にしばし静寂が流れる。
佐野は続けた。
「この地は海と都を結ぶ要衝。北国へ向かう者も、西国へ渡る者も往来いたします。住吉大神が海を守り、気比大神が北陸への道を照らすならば、二柱はきっと民の安寧をともに見守ってくださると信じております。」
神職は顔を見合わせ、やがて静かに答えた。
「まことに尊い願いにございます。分霊を勧請すること自体は古くより例もございます。正式な作法を整え、気比の神職とも相談のうえで進めるのがよろしいでしょう。」
その言葉を聞くと、佐野は深々と礼をした。
「ありがたき幸せ。」
北畠は微笑みながら小さくつぶやく。
「戦で国を治める者は多い。だが、神を迎えて国を育てようとする武将は稀よ。」
こうして佐野は、摂津に敦賀気比神社分社建立への第一歩を踏み出した。後にこの社は旅人や北国商人、そして佐野家家臣たちから篤く崇敬され、伊丹の鎮守の一つとして長く親しまれることになる。




