新たな摂津、新たな縁
伊丹城へ入って数日後のことであった。
珍しく何の前触れもなく、一人の男が正門から姿を現した。
「これは珍しい。」
佐野が思わず笑う。
「出浦殿が堂々と表から来るとは。」
出浦は肩をすくめた。
「今日は忍びではないのでな。」
案内されて広間へ通されると、出浦は腰を下ろすなり用件を切り出した。
「氏治様より伝言だ。千陽様の御所が整うまで、身の回りの世話役を一人付ける。」
「世話役、ですか。」
「ああ。私の親類ゆえ、心配はいらぬ。」
出浦は障子の外へ目を向けた。
「入ってくれ。」
静かに襖が開く。
現れた女性を見た瞬間、佐野は目を丸くした。
「……あなたは。」
女性は柔らかく微笑み、深く一礼した。
「お久しゅうございます。」
信濃屋の女将であった。
京で幾度となく世話になり、出浦との連絡役も務めていた人物である。
出浦は珍しく口元を緩めた。
「今まで素性は伏せていたが、今日からは隠す必要もない。」
女性は改めて頭を下げた。
「妙と申します。」
それが彼女の名であった。
「これより千陽様のお世話を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。」
佐野は安堵したように頷く。
「妙殿なら安心です。どうか千陽様をよろしくお願いいたします。」
妙は静かに微笑み返した。
出浦は立ち上がる。
「私の役目はここまでだ。何かあれば妙を通して知らせればよい。」
そう言い残すと、来た時と同じように飄々と城を後にした。
佐野はその背を見送り、小さく笑う。
「最後まで掴みどころのないお方だ。」
妙も思わず口元をほころばせた。
その日のうちに佐野は家臣を集める。
「まずは、このたびの戦の終結を神々へ報告せねばならない。」
呼ばれたのは今井宗及であった。
「宗及殿、住吉大社へ奉納する供物を見繕っていただきたい。摂津を預かる者として、まず神前へ感謝を捧げたい。」
宗及は満足そうに頷いた。
「承知いたしました。天下に恥じぬ品を取り揃えましょう。」
続いて佐野は一色藤長へ向き直る。
「一色殿、住吉大社への日取りと諸準備をお願いいたします。」
「お任せください。」
一色は深く頭を下げた。
こうして数日後、佐野は家臣を伴い住吉大社へ向かい、戦乱が収まったことへの感謝と、摂津の平穏を願って供物を奉納することとなった。




