停戦の狭間
悲痛にも似た哀悼の空気が京を包む一方、市中ではなお小競り合いが続いていた。
二条御所を焼き、将軍足利義輝を討った――。
その断片的な情報だけが風聞となって町々を駆け巡り、真相を知らぬ民衆の怒りは、京に残る三好軍へと向けられた。
路地では投石が飛び交い、寺社勢力の若い僧兵や門徒たちは三好兵とたびたび衝突する。三好方も応戦を控えようと努めたものの、積もり積もった憎悪は容易には収まらず、流血沙汰は日に日に増えていった。
このままでは停戦そのものが破綻しかねない。
危機感を抱いた佐野は、吉田兄弟の父であり、京で厚い信望を集める神職・吉田兼右のもとを訪れた。
「どうか、お力をお貸しください。今ここで報復を重ねれば、義輝様がお望みになった都は、さらに血で染まるだけです。」
佐野の願いに、兼右は静かに頷いた。
やがて兼右は吉田神社をはじめとする寺社勢力の代表者たちを説得し、自ら三好軍との間に立った。
「今は怒りに任せて刃を振るう時ではない。亡き将軍を弔うならば、まず都に静けさを取り戻すことが先である。」
一方、佐野もまた三好方へ赴き、厳しい条件を示した。
「京より速やかに兵を退くこと。それをもって寺社勢力との衝突を終わらせる。これ以上、一人たりとも都で血を流させはしない。」
三好方もまた、これ以上京に留まれば民衆の反発は激しくなる一方であることを理解していた。
こうして双方は合意に達し、三好軍は停戦期間中に秩序を保ちながら京から撤退することを約した。
その日を境に、市中の争いは次第に収まり、七日間の停戦は辛うじて守られることとなる。
焼け跡の残る二条御所にはなお黒煙の匂いが漂っていたが、少なくとも京の人々は、これ以上新たな犠牲者を出すことなく、亡き将軍を悼む時間を得ることができたのであった。




