灰の遺書 ― 壊れた幕臣の告白
七日間の停戦も半ばを迎えた頃。
焼け跡となった二条御所の整理を進めていた僧兵たちは、奇跡的に焼失を免れた土蔵を発見した。
蔵の中は驚くほど整っていた。
奥の文箱には、書状が一枚一枚丁寧に重ねられ、まるで誰かが「必ず読んでほしい」と願ったかのように並べられている。
そこには、これまでの将軍暗殺未遂事件に関する記録、三好方との内通を示す書状、そして義輝暗殺へ至る経緯が、進士晴舎自身の筆で克明に記されていた。
一番上には、一通の遺書。
奉行たちは協議の末、この内容は隠すべきではないと判断し、停戦中であることを利用して、将軍方・三好方・公家・寺社の代表を集め、その場で全文を読み上げた。
広間は静まり返る。
遺書には、こう綴られていた。
> 「私は将軍家を裏切った。 だが、誰よりも義輝様を敬い、幕府の再興を願っていた。」
> 「されど現実は私の願いとは逆へ逆へと進み、私は政務に追われ、眠ることも忘れ、ついには心が壊れた。」
> 「私は終わらせたかった。」
> 「私も。」
> 「幕府も。」
> 「この苦しみも。」
そして、遺書は大和大祭へと話が移る。
> 「大和大祭の折、近衛殿襲撃の仔細を耳にした。」
> 「陽動を用いて護衛を分断し、本命のみを討つ。」
> 「私は、その策を二条御所で試した。」
> 「されど義輝様の御身へ近づくことすら叶わなかった。」
> 「御身を守る者たちは忠義に厚く、計画は潰えた。」
さらに続く。
> 「私は悟った。」
> 「私一人では成し遂げられぬ。」
> 「ならば外から都を揺るがすしかない。」
> 「私は三好三人衆へ密かに通じた。」
> 「御所の様子。」
> 「警護の配置。」
> 「内情。」
> 「知り得るすべてを流した。」
> 「それが京への侵攻を決断させた一因となった。」
最後には、震えるような筆で締めくくられていた。
> 「すべては私の罪である。」
> 「三好に剣を渡したのは私。」
> 「御所の門を開いたのも私。」
> 「義輝様を死地へ導いたのも私。」
> 「どうか、私一人を裁いていただきたい。」
> 「私は最後だけは、義輝様とともに、この愛した二条御所で灰となることを望んだ。」
読み終えた広間には、誰一人として声を発する者はいなかった。
将軍方の者は怒りと悲しみに震え、公家たちは顔を伏せる。
三好方の武将たちもまた、利用した内応者が栄達を求めた者ではなく、理想と現実の狭間で心を壊した幕臣であったことを知り、複雑な表情を浮かべた。
こうして進士晴舎の遺書は敵味方双方に公表され、その内容は瞬く間に京中へ広がる。
人々は彼を主君を裏切った逆臣と呼び、またある者は幕府を誰よりも愛したがゆえに、自らその終焉を招いてしまった悲劇の幕臣と語るようになった。




